真-3
「なるほど、君はそういった比喩を使って、俺の指示通りに上手く、江蓮を誘導してくれたんだな、とても助かった」
「ちなみにタロットでいうところの『剣』とは、『力強さ、攻撃、破壊』なんかを意味していて、『聖杯』は、『慈悲、献身、平和』などを意味しているのよ。
『右』が外面性、『左』は内面性、…ちょっとしたヒントのつもりでもあったんだけど、江蓮くんは、赤間さんに結びつけることなく、本当にそういう天使が自分にはついてるって思っちゃったみたいね、まあそれでいいんだけど」
「江蓮のそういうところは、なかなかピュアで可愛いだろう?」
「ふふ、そうね。
神や仏は、迷える人々を導こうとするとき、その人へ声の届きやすい姿へと化身して、目の前に現れるという。
神仏はときに、子供や動物、浮浪者や売春婦、あらゆるものに姿を変えて成りすます。
だから私たちが、占い師や天使に姿を変えて、迷える江蓮くんへ助言をするのも別に驚くようなことでもないわね。
そもそも大人には、いくつもの多面性があるものだから」
「そうだな、魅力的な女性とは、服を着替えるようにして、いくつもの異なった姿に変わることができる人のことを言うのかもしれない」
「服を着替えるようにして…という例えは素敵ね。
確かに女は、シチュエーションに合わせて自分の中身も姿と一緒に変えることができる。
でも男の人は、多面的なシーンであっても、その本質は変わらないように感じるわ。
私は、夜に会う赤間さんのことしか知らないけれど、きっと、仕事をしているときの赤間さんも、家にいるときの江蓮くんのお兄さんとしての赤間さんも、守護天使である赤間さんも、少し見た目やちょっとしたところが違うだけで、まっすぐ変わることのない赤間さんなんでしょうね。
リョーケンとしての赤間さんも」
「リョーケン?」
「あら、違ったかしら?
うちのママが、赤間さんは昔、あの界隈で鈴木社長のリョーケンをやっていたって言ってたんだけど…」
「ああ…猟犬のことか」
「やだ、ごめんなさい、リョーケンって悪口だった?」
「いや、別に悪口ではない、真実だ」
「何度も赤間さんには助けてもらったって、懐かしそうにママ話してくれたことがあって。
あの頃はよく界隈で顔を見ることもあったのにって、今は赤間さん、お堅くなっちゃったから気軽に足を運んでもらえなくって寂しいって話」
「そうだな、十年くらい前の俺はもっと身軽だった。
あの辺りには鈴木社長絡みの土地や建物が点在していたから、俺はトラブルバスター…猟犬として、扱き使われていた時代だ。
今もまあ、ちょっと毛色が変わっただけで、結局やっていることと言えば、鈴木栄治郎の猟犬であることに間違いはない、つまらない話さ。
さて、俺は君に大きな借りができたな。
どのようにして君へ報いたらいいだろうか?」
「そうだなぁ…ツケにしといてもいいんだけど、私、ご褒美にはすぐに手が出ちゃうタイプなの。
今度あらためて、ゆっくりデートしてくれる?」
「わかった、食事をごちそうするよ」
犬彦の返事を聞くと彼女は、「やったぁ」と明るい声で軽やかに笑い、そのままの勢いで優雅に犬彦の肩にもたれかかった。
微かに高級な香水の匂いが漂う。
犬彦はまた自分のマティーニを口に運ぶ。
少しのあいだ二人の会話は途切れ、そうして犬彦へ寄り添っていた彼女は、フッと真面目な声色でこんなことを犬彦の耳元でささやく。
「あの日、偶然にも占い師としての私のもとへ江蓮くんがやってきたとき…同伴でついてきたお友達が「江蓮君」って呼んでいるのを聞いて、もしかしてってすぐ思ったの。
男の子で『江蓮』っていうかわいい名前の子はめずらしいし、目の前にいるその子は『hares』のママに教えてもらった通り、赤間さんの弟の江蓮くんと同じくらいの年頃だったから。
だけどそのときはまだ、高確率で正しいと思われる推測に過ぎなかった。
でもそれが決定的となったのは、江蓮くんの発言ね。
江蓮くんはお友達との会話のなかで、確かに自分のお兄さんのことを「犬彦さん」って言ったの。
江蓮という名の弟と、犬彦という名の兄、その名前の組み合わせの兄弟が、この街に二組もいるとは思えないわ、だからね、あのときはすごい偶然が起きたってワクワクしたのよ。
これまでに江蓮くんについて、赤間さん自身が話していたこと、『hares』のママから聞いた内容、そういった話を占いの結果としてあれこれ織り交ぜて江蓮くんへ伝えることで、江蓮くん本人からいろいろなお話が聞けて、とても楽しかったわ。
江蓮くんって、いい子よね。
私も、江蓮くんのこと好きよ。
真面目ぶった占い師としての顔の私は、そういった事前情報をベースにして、目の前にいる江蓮くんの実際の印象であったり、ずうっと接客業をしてる私なりの経験値をもとにしてね、あのとき江蓮くんの悩みについてアドバイスをしたわけなんだけど…ここで誤解して欲しくないのは、仕事としてお金をいただいている限り、きちんと占い師として、占いもしてるってとこなのよ。
ねえ、赤間さん。
詮索なんて野暮なことはしたくないから、私の占い結果として、カードに出てきた啓示をそのまま言葉にするわね。
私は占い相談のときに、概要を何となくしか江蓮くんから聞いていないし、詳しいことはさっぱり分からないけれど…赤間さん、今回はずいぶん危ない橋を渡ったんじゃない?
…いいえ、今回だけではなく、誰にも知られていないだけで、江蓮くんの守護天使はこれまでにも一歩足を踏み外したら奈落へ転落するような、かなり危険な真似をしている。
すべての物事には、努力や才能といったもの以上に、運不運が影響してくるものよ。
赤間さんはもともと悪運が強い方だけど…しかし、何者であっても幸運ばかりは続かない。
…こんなことを繰り返していたら、赤間さん…近いうちに命を落とすことになるわよ」
シリアスな声で囁かれる彼女の言葉は、逃れられない運命の啓示のように犬彦の耳に届く。
でも、その言葉を聞いたとき犬彦は目を細めて、幸福そうに微笑む。
それこそが…犬彦にとって最大の望みであったからだ。
江蓮のふしぎな考察録3 ー呪いの仮面殺人事件ー 桜咲吹雪 @fubuki-sakurazaki
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