真-2


 「まずは礼を言わないといけないな、ありがとう」



 犬彦が礼を述べると、彼女は笑った。

 そのままキールをまた一口飲む。



 「君から電話が来たときは驚いた。

 不思議な巡り合わせもあるものだと思って」



 「そうね、でも私からしたら不思議というよりも、素晴らしい巡り合わせだったと言えるわ。

 おかげでこうして二人だけで赤間さんと会えているんだもの。

 最近、ちっとも赤間さん、お店に来てくれないんだから、ママもさみしがっているのよ」



 「君のところは高級だから、よっぽど重要な接待でもなければ寄れないんだよ」



 犬彦が自分のマティーニを口に運ぶと、それにつられるように彼女も自分のキールを飲んだ。



 「君はどうして、江蓮のことを知っていたんだ?

 俺は以前、弟のことを君に話したことがあるだろうか?」



 「やだ、やっぱり赤間さん、自覚がないのね。

 赤間さんって、普段寡黙な方でしょ?

 でもお酒が入って少し酔いが回ってくると、よく江蓮江蓮…ってブツブツ言いだすじゃない、だから私だけじゃなくて、みんなが『江蓮』を知っているのよ」



 「……」



 このとき犬彦は相変わらずのポーカーフェイスをキープし続けていたが、内心ではなんか耐えられないほど恥ずかしくなって、頭を抱えたくなったが、そんなわけにもいかないので、おとなしく酒を口に含んでこらえた。



 「これも自覚ないんだとは思うけど、赤間さんを狙ってる女の子ってたくさんいるのよ。

 でもみんな、赤間さんに近づいたはいいものの、そうやって酔った赤間さんが毎回、江蓮江蓮…って言いだすから、自動的に諦めちゃうの。

 赤間さんには同棲している彼女がいるんだと思い込んでね」


 

 「俺はそんなにも…江蓮のことを口にしているのだろうか?」



 「そうよ、実に愛しそうにね。

 で、みんなは赤間さんには愛しい『江蓮』がいることを知って、すごすご諦めていっちゃうの。

 でも私は、赤間さんの言う『江蓮』がどんな女が知りたくなった。

 だって、たいしたことない女だったら、赤間さんを『江蓮』から奪い取れるかもしれないでしょう?


 だから、赤間さんと一番付き合いの深そうな『hares』のママに、『江蓮』っていうのがどんな女なのか知らないか聞いてみたことがあるの。

 そしたら『hares』のママが笑って、『江蓮』は赤間さんの彼女じゃなくて、弟なんだよって話を教えてくれたのよ。

 そういうわけで私は、江蓮くんのことを前から知っていた」



 「はは…」



 さっぱりとした口調で、さらさらとそんなことを話す彼女の言葉に、犬彦は笑った。

 変に気取ったり媚びたりせず、自分の欲望についてあっさりと口にできる女性は、好感が持てる。



 「しかし君が、占い師をしていただなんて、初耳だな。

 どちらが君の本業なんだ?」



 「私ね、いつかは自分のお店を持ちたいって思ってて、貯金しているの。

 だからお店に出るまでのちょっとの時間、占い師として小遣い稼ぎしてるってわけ。

 子供の頃から占いが好きで、これまで独学でいろいろやってたから、それを生かしてね。


 それに私って、取り柄がないから。

 もし自分のお店を持つにしても、私は特別美人というわけでもないし、お客さんを惹きつけて離さない天賦の人間的魅力があるわけじゃなし、それじゃ他と比べてどんな特色を持てるかって考えたら、占いかなって。


 占いのできるママっていいと思わない?

 うふ、いつか私が自分のお店を持ったら、赤間さん、常連さんになってね」



 「ああ、そうする。

 君は人として、いくつかの姿を使い分けているのだな、そういったミステリアスさは魅力的だ」



 「ありがとうございます、でもそれは赤間さんほどではないと思うわ。

 江蓮くんの守護天使さん」



 「守護天使? なんだそれは?」



 「赤間さんのことよ、白銀の甲冑に身を包み、右手に剣、左手に聖杯を持ち、大きな黒い翼を広げて、あらゆる悪魔の脅威から江蓮くんを守っている…どう? 素敵な例えでしょう?」


 

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