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 そんなこんなで、俺のおしゃれカフェ突撃計画は、頓挫しまくっていた。


 あらためてお願いすれば、犬彦さんはいっしょに、あのおしゃれカフェに行ってくれるだろう。

 でも犬彦さんには、高級レストランでの食事をおねだりしてしまったばかり(結果的にはだけど)なので、ちょっとは時間をおかないと、さすがに申し訳ない。


 でもあのカフェに行ってみたいという気持ちは、日々むくむくと膨らんでいくばかりだった。

 目をつぶれば、あのブラックボードの美味しそうなイラストたちが、早くおいでと俺を誘う。


 うう…とにかく一回、一回でいいから店のなかに入って、実際の店の雰囲気を感じて、フードメニューの味の傾向さえわかれば、きっと満足できるのに…!


 俺はまるで、遠足の日を待ち続ける子供のように、ムダにうずうずしながら、悶々としていたのだけど、そんなときに茜さんから、あのメールがきたのだ。



 『やあ、江蓮君! 元気にしているかな。


 今回はだね、折り入って君に相談したいことがあるんだ。

 それで直接君と話ができればと思っている。


 オレが君の家の最寄り駅までいくから、どこかでゆっくり食事でもしながら話をする時間をつくって欲しいんだ。


 もちろん、食事はオレのおごりだよ!

 君の行きたい店を指定してくれ、なんでもいいよ、遠慮はしなくていいからね。


 では、良い返事を待っているよ』



 きた、絶好のチャンスが!!


 茜さんからの、このメールを見たとき、いちばんに脳裏に浮かんだのが、この言葉だった。


 遠慮しないで、君の行きたい店を指定してくれって書いてあるんだから、これはもう、あのカフェに行くしかないでしょう!


 茜さんは大学生だし、そもそも茜さんの性格からして、おしゃれカフェの入りづらい雰囲気なんてものともしないだろう、ついにあの店に突入するチャンスがきたのだ!


 そうしてついに今日、俺はあこがれ続けていた、あのおしゃれカフェのなかにいるのだった。


 半個室みたいになっている、ブースのテーブル席で、熱心にメニュー表を読み込んでいる俺の正面には、妙に機嫌のいい茜さんがニコニコしながら座っている。



 「いやあ、メールでのやりとりはあったとはいえ、こうして実際に君に会うのは、あの九月の事件以来だね。


 元気そうでよかった、本当に会えてうれしいよ」



 「茜さんもお元気そうですね」



 熟考に熟考をかさねた結果、俺はフライドポテトとサラダ付きの肉厚チーズバーガーと、レモンスカッシュを注文した。

 そうして食べ物を待つだけとなってから、やっと俺の心に、茜さんと会話をする余裕ができた。


 約二ヶ月ぶりに会う茜さんは、ちっとも変わっていなそうだった。


 背が高いわりには、ほっそりとしていて(そういえば犬彦さんは、茜さんのことを、ひょろガキとかって呼んでたっけ)ラフなグレーのシャツに、すこしくたびれた濃いグリーンのライダースジャケットをはおり、ネイビーのジーンズにブーツを履いている今日の格好からしても、あいかわらずどこかのインディーズ系ギタリストみたいな見た目のひとだった。


 この人はこの人で、妙にこのおしゃれカフェの雰囲気に馴染んでいた。

 見た目だけなら、アーティスティックなところがあるからだろうか。


 雑談めいた挨拶をかわしていると、まず俺の注文したサラダとレモンスカッシュ、それから茜さんのアイスコーヒーがテーブルに運ばれてきた。


 サニーレタスとトマト、クルトンののったサラダには、オレンジ色のドレッシングがかかっている、キャロットソースだろうか。

 まずは、ほっそりとしたグラスのふちにスライスレモンが飾られた、レモンスカッシュを飲んでみることにする。


 うっすらとしたゴールドの液体から、こまかい泡が上品に浮かんでいる。

 ストローを口に運んで、レモンスカッシュを飲んでみると、きりっとさわやかなレモンの味が、口いっぱいに広がった。


 おいしい! これはフードメニューのほうも期待できそうだぞ!

 やっぱり、このカフェに来てみてよかった。


 茜さんもまた、自分のアイスコーヒーを飲んでいた。

 それからふと、思いついたみたいに茜さんは、こんなことをつぶやいた。



 「ああそうそう、そういえば江蓮君、言っとかなくちゃと思ってたことがあるんだけどさ」

 

 

 「なんですか、茜さん」



 白い陶器のお皿にもられたサラダを、重厚なシルバーフォークを使ってもぐもぐ食べながら、俺は返事をした。


 茜さんは、そんな俺の姿をにこやかに眺めながら、ストローでからからとアイスコーヒーの氷をかきまぜている。



 「江蓮君、君さぁ…オレがいままでメールですすめてきた、小説や映像テキスト…まったく見てないだろ?」



 そう言われた瞬間、俺は口のなかに入っていた、サニーレタスを吹き出しそうになった。


 や、やばい、バレてる…!


 茜さんは、九月のあの事件のあとから、今日に至るまで、俺の探偵スキルを上げるために役立つだろうからと、あらゆる推理小説や、探偵ドラマを、ぜひチェックしたほうがいいと言って、めまいがするほど次々と、定期的にメールでおすすめしてくれていた。


 気持ちはありがたかったけれど、もともと本を読んだり集中してドラマをみたりするのが、そんなに好きでもない俺は、それが面倒くさくって、アマゾンのネタバレレビューを丸パクリするという技を使い、読んだフリ観たフリをして、毎回それっぽく、その感想を茜さんへメールで返答する、というのをくり返していたのだった。


 上手くごまかせてると思っていたのに、なんでバレたんだ!?

 ひょっとして、茜さん、怒っているとか?


 はっ、まさか、今回のこの呼び出しは、それに対する説教の場だったんだろうか?


 吹き出しそうになったサニーレタスをなんとか、ぎこちなく飲み込んでから、俺はどうしようと内心焦りながらも、とりあえずは笑みを浮かべつつ、レモンスカッシュのグラスを手にして、ゆるゆるとそれを飲んだ。



 「あーあ、やっぱりそうなんだね、目がおよいでるよ江蓮君。

 本当にごまかすの下手だなぁ」



 そう言うと、茜さんはあきれたような、ため息をついた。

 これはもうダメだと思った俺は、観念して、正直に白状することにした。



 「お、怒ってます? 茜さん…」


 

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