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 こうして犬彦は、あたたかなミートソーススパゲッティといっしょに自分の帰りを待っているであろう江蓮の姿を想像して、内心そわそわしながらも(江蓮はきっと腹をすかせているだろう、目の前に食い物があっても、いつも江蓮は俺が帰るまで夕飯を我慢していることが多い、早く帰らないと…)きちんと丁寧に、森田の質問に答えていった。


 他のベテラン社員ではなく、赤間部長に教えてほしいのだ…などと、言い切っただけあって、森田の業務に関する犬彦への質問はなかなか高度で、そこから森田が努力してこの会社での仕事を覚え、馴染もうとしている熱心な姿勢を汲み取ることができ、口には出さなかったが犬彦は感心していた。


 そしてそれと同時に犬彦は、いくつか気付いたことがある。


 次から次へと森田から犬彦へ問われる業務上の疑問、それは単純に知識や手順などといった当たり前の内容だけではなく、赤間部長がそれについてどのような意見を持っているのか、あるいは信条がどのようなものであるのかなど、犬彦というビジネスマンがどういったタイプに属する人間であるのかを、巧妙に探るような問いが混ざっていた。


 そのことに気付かないふりをして、差し障りなく質問に答えながら、やはり森田という出向社員は、腹の中に何かを潜ませているのだと、犬彦はあらためて思い知った。


 だが、そう思ったとしても、そんな森田の行動について犬彦は、前ほど不快にも感じなくなっていて、こいつが何を企んでいるのか知らないが、まあ悪意は無さそうだしどうでもいいか、という気持ちになっていた。


 そんなふうに森田に対する印象の捉え方が変化したのは、きっと森田のなかに、江蓮と似た何かを見てしまったからだろうと、犬彦は分かっていた。

 多分こいつは、江蓮と同じように、物事を割り切り悪事を働くことができないタイプだ(仮にやろうとしても、すぐに罪悪感が態度に出るだろう)それならば放っておいても問題ない。


 それよりも犬彦が気になったのは、森田が言っていた「赤間部長のスケジュールは直前に変わりやすい」という話と「個人で抱えている仕事の折り合いがなかなかつかない」という点だ。


 このとき犬彦は、自分の周囲に張り巡らされている、防御フィールドバリアの存在に、何となく気付き始めた。


 そして…上手く言えないが、何か、嫌な予感がした。


 犬彦の嫌な予感は、いつだって当たるのだ。

 



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