11/10-6
「赤間部長…いろいろとお話ししてくださって、ありがとうございます。
僭越ではありますが、赤間部長について、より一層の知識を深めることができました。
部長のお気持ちを、よく理解できたと思います。
…ですが赤間部長、今おっしゃられた部長のお気持ちは、あくまで今現在のお考えということですよね?」
(……?)
どういう意味だ、それは…。
またニコニコ顔に戻った森田のようすに、何か嫌なものを感じながら、犬彦は眉間にシワを寄せた。
「なにも弊社への異動は、今日明日しなければならないという話ではないのですから、部長のお気持ちも、そのうちに営業統括本部長への出世へと傾く可能性は充分ありますよね!」
こ い つ は 人 の 話 を 聞 い て い た の か ?
「森田くん…」
ビキビキと眉間に青筋をたてながら、犬彦がしゃべりだそうとしたところで、一足先に森田は目をキラキラさせて、こんなことを話し出した。
「それに…スタートは上司の命令でやりはじめたことですけど、赤間部長のお側で、その手腕を拝見しているうちに、部長のようなお方こそが、弊社の上層部には必要ではないのかと感じるようになったんです。
僕は、もっと赤間部長のお側で学びたい!
僕なんかが言えることではないのは重々承知していますが、赤間部長は…この会社にはもったいない! ぜひとも弊社へ異動されるべきです! 営業統括本部長として!!」
「も、森田くん…」
だめだ、正面から論理的に攻めても、感情に訴えても、こいつにはもう、俺の言葉は届かない…。
このままでは、訳の分からん人事評価表とやらを本店に提出されて、さらにややこしいことになり、また江蓮をひとりきりにしてしまう…。
そう考えた瞬間、犬彦のなかで何かが切れた。
そして、勢いにまかせて、犬彦はとんでもないことを言ってしまうのだった。
「森田くん、君が作成している俺の人事評価表は、まだ完成してなかったな?」
「ええ、はい、そうですけど…でもすぐに完成しますよ。
おかげさまで僕は、赤間部長についての知識をたくさん深めることができましたからね」
「いや、…まだだ。
まだ足りないぞ、森田くん。
君の作る人事評価表は、未だ不完全なままだ」
「え、でも…」
「いいか、まだまだ君は、本当の俺という人間を知らない。
人間、自分の目で見て、確認したものだけがすべてだ!
従って、他人から聞く情報や意見などというものは、役にも立たないゴミクズだ!
ということはつまり、俺が自ら語った今の証言ですら、真実とは程遠いということになる!」
「は、はい…??」
「森田くん、その人事評価表とやらを完璧に作り上げたいという意気が、本当に君にあるのなら、もっと俺を見るべきだ!
これは俺自身の(そして江蓮の)将来に関わることでもあるから、部長命令として、はっきりと君に告げる、本日このときより森田くん、君は俺とツーマンセルで行動することになる、業務中は常に俺のそばにいて、俺のことを正しく観察するように! 以上!」
「えっ、ええぇっ!?」
「なんだ、異議は認めないぞ。
だが質問があれば承ろう」
この夜、うちに帰った赤間部長は冷静さを取り戻し、なぜ俺はあのときツーマンセルでこれから行動するようにとか言ってしまったんだ、めんどくさすぎる! と頭を抱えることになるのだが、このときの犬彦は何かが切れてしまったせいで(それは理性だったんだろうか…)堂々と胸を張って、森田へそんな指示を出してしまったのだった。
そんな命令を出された方の森田は、初めは戸惑ったような表情で犬彦を見ていたものの、すぐに落ち着いて「異議などありません、光栄です」とはっきり返事をした。
「そうか、それなら…さっそくだが、今夜、仕事が終わったあとに食事に行かないか?
もちろんごちそうする、仕事中と業務終了後の俺は、また違うものだからな、その目でしっかりと観察するといい」
「!! よろしいのですか! ぜひお願いします!」
突然の赤間部長からの食事の誘いに、森田は飛び上がらんばかりに喜んだ。
定時帰宅が至上命題の赤間部長が、仕事終わりに誰かと食事に行くなんていうシーンをこれまでに見たことがなく、ましてや自分が赤間部長と食事を共にしたことがなかったからだ。
人事評価のための観察云々は置いておいても、犬彦から食事に誘われて、森田は素直にうれしかった。
「フフフ…美味い肉を食わせてやる…」
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