2-2
茜さんの最後のつぶやきに、俺は甚大なショックを受けた。
犬彦さんが暴力をふるったせいで、会社をクビになって、社会的な信用を失う…?
お金のことはどうでもいいんだ。
もし裁判で罰金みたいなものが必要になっても、俺にだってちょっとは貯金があるし、バイトでもすればいい、父さんにも頼んでお金を借りれば、それを支払うことができると思う。
会社をクビになったって、それはそれで犬彦さんと一緒に過ごす時間が増えるかもしれない、だから俺的には特に困らない。
問題は、犬彦さんが社会的な信用を失うことだ。
確かに犬彦さんというひとには、バイオレンスな一面があるけれど、それは無意味に発動するものではない(機嫌が悪くなければだけど)その暴力的な力をもって、俺は悪いこと、やってはいけないことを学んできたし、そして守られてきた。
ちょっとした暴力がきっかけで、犬彦さんのすべてが全否定されるような状態になるのは、俺には絶対に許せない。
「江蓮君の言ってることも分かるよ、でも君は身内だからねぇ。
だからまあ、そんな最悪の事態にならないように、お兄さんの仕事が落ち着くまで、なんとか暴力ざただけには発展しないようにさ、君がお兄さんの生活っていうか、メンタルを見張るしかないんじゃないかな」
「犬彦さんの生活を、見張る…」
「そうそう、かといって君がお兄さんの職場に乗り込むってわけにはいかないからね、生活のなかで、お兄さんのストレスを緩和する努力をするのさ。
例えば…なんだろうねぇ、リラックスできるように部屋のなかで、フローラルなお香をたくとか…ぶっふぉっ」
いつもなら茜さんの、犬彦さんをからかった軽口に文句を言うところなんだけれど、今の俺にそんな余裕はなかった。
犯罪者にさせないよう、俺が犬彦さんのためにしてあげられることはなんだろう?
日常生活のなかで、犬彦さんのストレスをやわらげるには、どうすればいいんだ?
しばらく歩きながら、俺はもんもんと悩み、ああでもないこうでもないと考え続けた。
そんなとき、隣を歩いていた茜さんが、ぐいっと俺の腕をつかむと突然立ち止まった。
「ねえ、江蓮君、あれ見てよ」
「なんですか、もう」
俺も立ち止まって、茜さんの見ている視線の先を追ってみる。
そこは、駅前の繁華街だった。
小型のビルが乱立しているその繁華街は、ファーストフード店やコンビニ、定食屋や個人の雑貨店なんかもあるけれど、地下や二階以上の階には、バーや居酒屋、スナックなんかの飲み屋が圧倒的に多くて、昼間はわりと穏やかな雰囲気のその大通りは、十七時以降になると、一気に大人の世界に変わる。
高校生以下の子供には、まったくお呼びじゃない場所になる。
もちろん、俺も夜になったら、その繁華街には入らない。
(昼間はフツーに行くけどね、おいしくてリーズナブルな個人経営のレストランがいろいろあるから。パキスタンの本格カレーが食べられる店とかサイコーだ)
ちなみに犬彦さんも、夜の繁華街には近づきたがらない。
犬彦さんの場合は、外見から放たれている凶悪なオーラのせいで、警察の職質にあったり、アッチ系の悪そうな人たちに一方的に仲間だと勘違いされて、腹が立つかららしい。
過去によっぽど嫌な目にあったのかもしれない、俺と一緒にいるときは昼間であっても、犬彦さんは、その繁華街に一歩たりとも足を向けない。
「江蓮君ほら、あの看板」
そんな繁華街の入り口の前で立ち止まった茜さんは、近くのビル前にある、ちょっと汚れた置き看板を指差している。
そこには、こう書かれていた。
「地下一階、『占いの館』…?」
「江蓮君は、このあと、なにか急ぎの用事はあるかい?」
「いいえ、特には。
スーパーによって、夕飯の買い物をしたら帰ろうと思っているだけです。
兄は帰りが遅くなるらしいですし」
「ふーん、じゃあさ、ちょっと寄り道して、占いとかしてみない?
もちろん料金はオレが払うからさ」
「占い、ですか?」
俺は、ニコニコしながら隣に立っている茜さんの顔を、まじまじと見た。
茜さんが、「占いをしよう」なんて言うとは、すごく意外なカンジがしたからだ。
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