第2話 スパダリよりも美味しいご飯がお好き

 海を背景にした屋外チャペルが売りの、結婚式も頻繁に行われるホテルにて開かれた立食形式の婚活パーティー。

 婚活会場には、服もテンションも気合いを入れて入れて入れまくって、着飾りまくった絶賛婚活中の男女達が集まっていた。 


 私、漆原うるしばらあおい・28歳もその中の1人だ。

 胸より少し下まで伸びた黒髪をゆるくコテで巻き、淡い水色のふんわりとした膝丈ひざたけのワンピースを身にまとい、マスカラを何重にも重ねて作り込んだナチュラルメイクで参戦する。


 受付を済ませ、ウェルカムドリンクのスパークリングワインのグラスを受け取って会場に入ると早速、髪をワックスで固めた遊び人風の男性に声をかけられる。

 彼のプロフィールシートから、24歳・美容師という情報を把握する。


「めちゃ美人ですね! 会場の人達、ビミョーじゃないですか? かわいい人やイケメンいないし。ぱっとしない他の人達とは大違いですね」

「失礼します」


 私は一礼して男性から回れ右をする。

 背後から、舌打ちする音が聞こえた。


 ビミョーどころか御愁傷様ごしゅうしょうさまなのはあなたの性格だ!

 あの男の髪、今すぐブロッコリーに変われッッ!

 心のなかで呪いをかける。


 容姿を誉められるというのは本来なら嬉しいことだが、私にとっては微妙な気持ちになる。

 なぜなら私は、すっぴんであるビフォーと、メイク後のアフターが同一人物だと認識されないほどの化け様だからだ。

 

 高校時代にメイクデビューしてから何人かと付き合ったが、「かわいいね、綺麗だね」と言われて始まる恋の終焉しゅうえんは、全てすっぴんをさらした瞬間だった。

 彼らは私を顔でしか見ていなかった。

 だから、私は容姿の話題から入る男とは初めから関わらないと強く決めている。

 まして、人の容姿を悪く言う様な人なんて論外だ。



 気を取り直してビュッフェコーナーに向かう。

 ホテル主催の婚活だけあり、ビュッフェの料理に力を入れていた。

 スモークサーモンとクリームチーズが薔薇の様に盛り付けられた美しいカナッペや、夏野菜のラタトゥイユ、カリフラワーのグラスムースなど、繊細せんさいな料理を皿に少しずつ盛り付けて食べる。


 鉄板でシェフがこんがりと焼くステーキから放たれる、ニンニクのこうばしい誘惑。


 でも、これきっと臭うよね……。

 たくさん食べたら、引かれちゃうかな。 


 脳内で「ここは清楚せいそな印象でいくべし」というお上品天使と、「いいじゃん、気にしないで食べちゃえ」という食欲悪魔がバトルしている。


 ひとまず我慢し、新しいご縁に集中する。



「こんにちは。ここのお料理、すっごく美味しいですよね」


 料理を取りに来た小麦肌の男性に声をかけると、男性はにこやかに振り返る。

 彼のプロフィールシートに、35歳・ミカン農家と書いてある。


「美味しいですよね。ところで、漆原さん……は、蒔絵師まきえしですか」

「はい。両親が蒔絵師なので、私も自然と蒔絵師になりました」


 蒔絵とは、漆器に漆をつけた筆を滑らせ、模様を描いた上から金粉を振りかける日本の伝統的な技術だ。


「蒔絵、美しいですね。でも、この仕事をずっと続ける予定ですか?」


 うなずくと、男性は苦笑いする。


「僕、ミカン農家だから。結婚前提で考えると、奥さんには農園作業を手伝ってほしいなぁなんて思っていて」

「ああ、農家だとそうなりますよね」

「お話できてよかったです。では、僕は飲み物を取ってきますね」


 ミカン農家の男性は手を振って立ち去った。


 蒔絵の美しさに共感してくれても、結婚を前提としての話となると、職人の仕事については理解されにくい。

 娯楽がなくても、山、海と自然なら何でも揃うこの田舎町は、結婚には相手の職業も重要視されるのだ。



 再び気を取り直し、ビュッフェコーナーに向かう。

 王道の真っ赤な苺のショートケーキ、大粒ブルーベリーのタルト、緑とオレンジのグラデーションが洒落たメロンのパンナコッタ、心躍る模様のアイスボックスクッキー……。

 どれも見た目もかわいいし、絶対に美味しいはずだ。


「皆さん、お料理もビュッフェですので、思う存分お楽しみくださいね」


 司会の女性のアナウンスが聞こえたのを良いことに、スイーツを少しずつ皿に盛り、フォークで小さく切って口に運ぶ。


 さっすが、ホテルのショートケーキ。

 スポンジがふわっふわ、苺の酸味が生クリームとマッチしていて美味しいっ!

 もりもりに皿に盛ると、はしたないと思われちゃうから、小分けにして何度も行こう。


 食べて、男性と話して、料理を取りに行って……を3回ほど繰り返したとき、眼鏡をかけた細身の男性に声をかけられる。


「あの……」

「はい、こんにちは」 


 私は食べるのを止めて微笑む。

 彼のプロフィールシートには、42歳・エンジニアとの情報。


「ずっと気になってて、話しかけようと思ったんですけど……」


 男性がぼそぼそと話す。


「ありがとうございます。エンジニアさんなんですね。パソコンに強いって尊敬します」


 男性が話すのが苦手そうに見えたので私から話題をふると、男性は思いがけないことを口にする。


「さっきから食べすぎじゃないですか」

「あはは……」


 私は空になりかけた皿から目を逸らす。


「僕ら男が金払って女性に食べさせてあげてるんですよ。他の女性は遠慮して一口二口くらいしか食べてないのに、あなたときたら」


 男性はドヤ顔で言葉を放ちながら、私のプロフィールシートを確認する。


「しかも蒔絵師ですか。女のくせに職人だとか」 


 もう我慢できない、退散しようっと。


「ナプキン取りに行ってきます。では」

「待ってください! おかしいな、俺様系で強気にいくと上手くいくって恋愛マニュアル本で読んだのですが……」


 早口でまくしたてる男性から早足で撤退する。


 全部ご馳走してあげてるみたいな言い方だけど、今回の参加料金は男性5000円、女性4500円。

 しかも、これでも食べるの控えてるんだからっ!

 

 溜まりに溜まったモヤモヤが喉まで出かかったときに、テンションの高いアナウンスが流れる。


「パーティーもあと10分で終了です。どんどん話してください。お料理も最後、思う存分召し上がってくださいね」


 あと10分で参加男性と距離を縮めるのは、諦めよう、やめたやめた!


 本格的な狩りを始めようと心に決めた私は、ハイヒールなのも忘れ、猛ダッシュでビュッフェコーナーでローストビーフをカットする、クック帽をかぶったシェフのもとに向かう。


 若いシェフと目が合う。

 シェフの目の前には玉ねぎのソースのかけられたローストビーフが一枚ずつ盛られ、皿が10枚ほどずらりと並べて置いてある。


 彼は少し悲しそうに笑う。


「切るのに時間がかかって、お客様同士のお話する時間を奪ってはいけないと思い、たくさん作って置いておいたのです。でも、あんまり食べられていなくて……。これ、無駄になっちゃいますから、遠慮せずに召し上がってくださいね」 

「分かりました、全部食べますね。いただきます!」


 お上品天使と食欲悪魔の戦いは、食欲悪魔の圧勝だ。

 それどころか、食欲大魔王まで降臨しそうな勢いだ。

 皿を手に取り、フォークで薄くスライスされたローストビーフを無我夢中で食べまくる。


「おいしい! 我、肉、欲す!」


 柔らかなローストビーフに、しっかりと炒めて甘みが出ている玉ねぎソース。

 そのままもいいけど、炊きたての白米の上に温泉卵乗せてローストビーフ丼にしたい!


 次の皿、また次の皿と手を伸ばし、的確に獲物にフォークを突き刺す姿は、まるで雌豹めひょう


 シェフは呆然ぼうぜんとしている。

 周りの婚活男女の痛々しい視線も、食欲は華麗に跳ね返す。


 そう、私は美味しい食べ物には目がないのだ。

 

 ローストビーフを10皿完食。

 今日の婚活のどの瞬間よりも、手応えっていうより食べごたえがあった。

 ケーキとお肉、すなわち糖の脂のパラダイス。


 シェフは顔をほころばせながら拍手する。


「喜んでくださって、ありがとうございます! この仕事をして1ヶ月ですが、こんなに美味しそうに食べてくれる人は初めてです。とっても嬉しいなぁ」


 シェフの嬉しそうな顔につられて思わず笑みが溢れる。


「とっても美味しかったです」

「ぜひ、またこのパーティに参加してくださいね!」

「はい! もちろん!」


 二つ返事で頷くが、ふと我に返る。

 このまま婚活パーティーに永遠に出続ける未来が浮かぶ。

 不安をかき消して、また元気に婚活できるように、ふわふわのホテルブレッドを買って帰ろうっと。


 このときの私には、そう遠くない未来に婚活の終了が訪れるなんて、予想できる訳がなかった。

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