第18話 上海♡一番
夜も深まる池袋駅西口。
東口の賑やかさとは方向性の違う、怪しげな光が街を照らす歓楽街。
スピーカーから無機質なアナウンスが流れる。
『こちらは、トシマ警察。路上での客引き行為は、条例により禁止されています』
放送が流れているのにも関わらず、
正直1人ではあまり歩きたくないが、社長と一緒なら幾分かは安心できる。
「本当は彼らになど頼りたくないです。一応、彼らはトシマ区職員。同業者なのですけれど、何を考えてるのか不明でして」
社長の顔には「敗北」という文字が浮かんで見える。
人に関心のない社長が、こんなにも嫌悪感を露わにする相手とは。
ミナト区の皆もかなり個性的だけど、トシマ区はどういった職員がいるのだろうか。
歓楽街の路地裏にて、深緑色に
社長は、はぁと軽いため息をつき、観念したように近付く。
「
琳と呼ばれた女性が振り向く。
前下がりボブの黒髪に、淡い桃色の
20代前半位だろうか。
150センチ程の身長に、くりくりとした黒目が小動物のようで愛らしい。
「社長サン、儲かってマス? ヨッ、億万長者ッ!」
彼女は
「今日も遊びに来た? 新人、かわいい子、入ったョ。遊んでくよネ? 今日もサービスするョ」
「遊びに来たことなんて一度もありません。仕事の相談です」
「あれ、そっちの綺麗な人、初めて見るよ。あたち、
琳さんに乱暴にチラシを押し付けられる。
ミニチャイナ服の女の子が描かれた桃色のチラシには、「上海♡一番 60分3000円 ~カワイイ子に囲まれる桃源郷への扉~」と書いてある。
ガールズバーとかキャバクラとか、そういう系のお店だろうか。
「私は漆原葵。棺コーディネート華菱の蒔絵師かつミナト区幽霊保護課の職員です。社長は、こういうお店によく行くのでしょうか」
知りたいような、知りたくないような。
婚約者が頻繁に通っていて、お気に入りの子がいたら、少し……いや、かなりショックかもしれない。
社長は再びため息をつき、首を振る。
「葵さん、誤解されてます。この店に入れば分かりますよ。まぁ、入りたくもないんですけど。それと琳さん、こんな風にお客さんを騙すの、もう止めましょうよ」
「イヤだネ、あたち嘘付いてないし。2名様、桃源郷へごあんなーい!」
絵に描いたような「アッカンベー」といったポーズをとる蘭さん。
彼女に連れられ、怪しげな店がたくさん入るビルの狭いエレベーターに乗る。
「上海♡一番」の扉を開くと、入り口にいた細いサラリーマン風のスーツ姿の中年男性が蘭さんを見ると声を荒げる。
「おい! どこにかわいい子がいるんだよ! いるのは何も喋らない料理人の男だけじゃねぇか!」
琳さんは、きょとんとした表情をしている。
「いる、天井」
サラリーマン風男と私は天井を見上げると、天井から大量の唐辛子の飾りがじゃらじゃらと吊されるなか、パンダや竜、犬などのパペットが逆吊りとなっていた。
「ひぇっ! 気持ち悪い!」
「きゃあああああ!」
男と私の悲鳴が店内に響く。
奥から、黒い中国服を身にまとい、サングラスにスキンヘッドの横にも縦にも大柄な男がやってくる。
まるで中国マフィアだ。
彼は天井から吊されたパンダとカンガルーのパペットの糸をポケットから取り出したハサミで切る。
パペットを両手にはめ、いかつい表情でこちらに近づいてくる。
「今日からの新人・カンガルーのサクラちゃんと華菱社長のお気に入りのベテランパンダのルンルンでぇす。で、どこのどいつだ? かわいい子なんていないってほざいてるお兄さんは?」
カンガルーのパペット・サクラちゃんは、だらりと首がすわっていない。
パンダのパペット・ルンルンは、黒すぎる目が死んでいる。
パペットを、こんなにも不気味に見せられるなんて、ある意味才能だ。
「ご、ごめんなさい! 許してください!」
サラリーマン風の男はエレベーターも使わず、半泣きで階段を逃げるようにしてかけ降りていった。
「オイ! 何で金払う前にお前出てくるんだョ! 逃げちゃったジャン!」
頬を膨らませて怒る琳さん。
「ごめんちゃい。うちのかわいい子を気持ち悪いだなんて言われてショックでな……」
『
『ルンルン達のこと、庇ってくれてありがとね』
「サクラちゃんにルンルン……優しいにゃあ……」
大男の名前は
彼が両手にはめたパペットを声色を変えて操作し、1人で3役をこなしている姿を社長は不気味そうに見ている。
恐る恐る尋ねる。
「ところで、このお店は一体何のお店でしょうか?」
「中華料理店だョ。料理長はあそこ。おーい、
琳さんはカウンターの向こうでフライパンを揺すっている男・
琳さんがこちらに持ってきてくれ、蓋を開く。
「今日も、食べてくデショ」
湯気が、もわりと立ち込める。
蒸籠の中身は、ぽってりとした
美しいひだが波打っている。
「わわわ、おいしそう! 小籠包、好きなんだよね! 頂きますっ!」
「みんな小籠包お好きよネ。食べて食べて」
熱々の小籠包のひだの中央を箸で摘まみ、軽く酢醤油をつけ、レンゲに乗せる。
箸で小籠包の皮を破ると、中から透き通った黄金色のスープが湧き出る。
火傷をしないように、そっと口を付けると、肉汁とまろやかな風味が広がる。
スープを味わった後は、小籠包の上に刻み
薄い皮の甘さと肉餡のこってりとした味わい、生姜のさっぱり感の組み合わせ。
彼等のチラシの通り、味覚の桃源郷そのものだ。
「あー、幸せ! 桃源郷、納得!」
私の言葉に、社長も頷いている。
「味は最高なのは認めます。ところで、早速本題に入っても良いですか? 先程相談した……」
社長が話し終わる前に、白さんは両手のパペットを振り上げる。
『その話なら、聞いてるわ!』
『ルンルン達に、任せて! 仲間が一緒なら、怖くないわ!』
琳さんは私達の前にある小籠包をちゃっかり摘んで頬張りながら嬉しそうにしている。
「今回も、楽しそうダネ。龍さんも、ワクワクしすぎて、お料理、作りまくってるョ。ワンダフォー!」
龍さんは、無言でカウンターに積み上がった蒸籠や、てんこ盛りのチャーハンを並べている。
「不老不死の幽霊より、彼らの方がよっぽど得体が知れず怖いですよね」
社長が私にぼそりと耳打ちした。
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