第19話 有名雑誌エン・エン

 チラシの「60分3000円」は、白さんの劇を見ながら、龍さんの作ったオーダー式本格中華ビュッフェを食べるというコースで、いかがわしいものではなかった。


 白さんがカンガルーのサクラちゃんと、パンダのルンルンのパペットを操作する。


『ルンルン先輩、私、夢があるの!』

『サクラちゃんの夢って何?』

『パンダの形をした中華饅じゃなくて、カンガルー形の中華饅を流行らせること!』

『お黙り! カンガルー饅だなんて、形作るの大変なのよ! パンダなら丸くて楽なの!』


 劇を見ながら、小籠包だけではなく、桃饅頭や水餃子、青椒肉絲チンジャオロースーに角煮入り炒飯などをお腹いっぱい頂いた。


「これ、飲みなョ」


 琳さんが温かいジャスミン茶を用意してくれる。

 華やかな味わいのジャスミン茶は、油をたっぷり摂取してしまった罪悪感をぬぐい去る。

 

「お料理美味しいし、パペット劇笑えるし、常連になっちゃうかも」

「葵さん、あれが笑えるとか笑いのツボおかしくないですか?」


 社長はやや引いている。


「気に入ってくれて何ヨリ! 例の件は、この店でミナト区の職員さんが宴会コース頼んでくれたら引き受けるってコトで!」

「え、聞いてないですよ……」

「その条件なら全然良いじゃない! よろしくお願いします」

「決まりネ、決行は一週間後の午後12時!」


 琳さんはピースサインを作る。


********************


 不老不死の幽霊・富士さんとトシマ区幽霊保護課が接触する当日、午後12時。

 スマホを連携させると、彼らの仕事の様子が離れていても分かるようになる。


 社長は業務用スマホに向かって囁く。 


「ダニエル、こちら華菱と漆原。トシマ区の琳さん、白さん、龍さんとの連携をお願いします。音声・視覚両方で。あ、嗅覚の連携は絶対にしないでくださいね」

『カシコマリマシタ』


 スマホの画面に、富士さん宅の前にいる琳さんが映る。

 今日もミニチャイナを着ている。

 彼女はスマホ画面に向かって片手を振っている。


「タロちゃん、幽霊見えるようにして」

『ホナ、イクデイクデイクデー!』


 ミナト区のAIは「ダニエル」で、応答は『カシコマリマシタ』と丁重だが、トシマ区のAIは「タロちゃん」で、拍子抜けするような関西弁風だ。

 

「どこの自治体もダニエルを使っていると思っていました。なぜ都内なのに関西風のAIを使っているのですか?」


 社長の問いに、琳さんから回答がある。


「こっちの方が月額500円契約料が安かったネ。後、タロちゃん元気が良くてやる気になるダロ。ホナ、イクデイクデイクデー!」


 ハイテンションで富士さんの家のドアをガンガンと叩く琳さん。 


「『上海♡一番』ダヨ! 新メニュー作ったネ。試食して!」


 ドアが開き、富士さんが出てくる。


「チャイナ服の娘さん! 中国人皆家族。さ、あがってあがって」


 満面の笑みを浮かべる富士さん。

 琳さんは、マスクもせずに部屋へと上がっていく。


「新作ョ」


 琳さんは袋に入れられたきつね色の歪な形の焼き菓子を取り出す。

 角度によっては羽にも、三角形にも見える。


「何かしら、これ?」

「これはフォーチュンクッキーってお菓子ネ。クッキーで、中に小さな紙、アル。占いネ。一つ食べてョ」

「まぁ、面白い。じゃあ、これにしようかな」


 富士さんは袋から一つ摘まみ、フォーチュンクッキーの端をかじる。

 中から出てきた小さな細長い紙に書かれていたのは「待」。


「何か待ってる? 人とか、お返事?」

「そうね、一週間前のお返事かしら」

「まさか告白とか?」

「もうっ、違うわ! 数日前、編集部の方が取材に来たのよ。エン・エンって雑誌知ってる? ぜひ特集を飾ってほしいって。でも、もう一人にも声掛けているみたいで、私かその人のどちらかが選ばれるって」


 エン・エンとは、美容や健康の最新情報に特化した女性向けの有名雑誌だ。

 誰もが知るような大手雑誌を扱う編集者が、得体の知れない彼女(しかも幽霊)のところに来るはずがないのに、一体どういうことだろう。


「その結果を待ってるのネ。もう一つ、占う?」


 琳さんの問いに富士さんは頷き、フォーチュンクッキーをまた一つ取り出し、かじる。

 出てきた紙には「否」と書かれている。

 富士さんは眉をひそめ、不安げな様子だ。


「何、否って? 私が選ばれないって結果なの?」

「さぁ、これは占いネ。信じるも信じないもお姉様次第。心配する必要は否って意味にも考えられるョ。あたち、そろそろ行かなきゃ」

「そ、そうよね。前向きに考えないと。気をつけて帰ってね」


 琳さんは富士さんに手を降り、去っていく。

 彼女は、琳さんが帰った後もしばらくフォーチュンクッキーの小さな紙を握りしめている。


 突然、富士さんの目の前に車が現れ、2人組の男が出てくる。

 1人はスーツを着こなす細身の優男。

 もう1人は大柄の、タートルネック姿にカメラを持った男性。

 どこかで見たことがあると思ったら、龍さんと白さんだ。

 この流れから、彼らは一週間前からエン・エンの編集者になりきって富士さんと接触していたらしい。


「彼ら、詐欺師としての才能があるのです。成仏の仕事で行うときだけで、本当に詐欺として金を巻き上げないだけましですがね」


 社長は深いため息を付く。


「あなたは! この前の!」


 甲高い声を上げる富士さんに、スーツ姿の男性・龍さんは饒舌じょうぜつに語り出す。


「ご無沙汰しております、富士様。エン・エンの編集部です。この度、雑誌の特集はあなたに決まりました。『美しすぎる漢方薬研究者』として、取材を受けてください。あなたのために、衣装も用意したのです。こちらは専属のカメラマンです」


 カメラマンになりきった白さんも丁寧な話し方をする。

 パペットは持ち込んでいなかった。


「やはり噂通り美しい。たくさん撮りたくなります。まずはここで一枚撮らせてください。せっかくなので、より素敵に見えるような靴を用意させて頂きました」


 カメラマンは、赤いハイヒールを用意する。

 富士さんは、それを履こうとする。


「あれ?」


 彼女は履けない。

 なぜなら足がないからだ。


「どうしました?」


 カメラマンの問いに、富士さんは冷や汗を流す。


「履けたわ。さぁ、記念すべき一枚を撮って頂戴」


 富士さんはハイヒールが履けないことを自覚はしたが、履けたことにして話を進めようとし、脚を組んだポーズを撮る。


「いいですね! 撮りますよ、3、2、1! よく撮れましたよ。見てください」


 くっきりと赤いハイヒールと、ぼんやりと身体の輪郭りんかくが透けている、足のない富士さんの写真だ。


「そんな……一気飲みして死んだって……嘘じゃなかったのね。でも、研究者として認められたわ」


 富士さんは、穏やかな表情で消えていった。

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