第20話 お化け屋敷のからくり
秋風が涼しい10月初旬の夜、閉園後の遊園地。
この遊園地は、棺コーディネート華菱の入社試験を受けた際にやってきた場所だ。
お化け屋敷は闇夜と溶け込み、外見からしても昼間の何倍も迫力があるように感じる。
お化け屋敷裏口にて立ち止まり、社長が私に話しかける。
「今日は、幽霊との面談日です。生前の姿でないと成し遂げられない未練があり、それが理にかなったものの場合、
「それが、お化け屋敷と関係があるってこと?」
「その通りです。登録されているお化け屋敷で1ヶ月勤務すると、1日だけ生前の姿に戻れ、生きているときと同じように行動できます」
そんな裏ルールがあったなんて、初耳だ。
「それじゃあ、幽霊から人間に戻れる場合もあるの?」
「いえ。その特別な1日が終わったら、幽霊は強制的に成仏するかたちになります。これは幽霊保護法で決まっておりますので、何が何でもこの1日で未練を断ち切ってもらわないといけないのです」
「1日だけって、厳しい決まりなのね。私の採用試験時には本物の幽霊がいたってこと?」
「ええ、リアルな幽霊として出くわしていうよりは、作り物のお化けを彼らが操作しているというのが正しいのですが。だから、見える人間はお化け屋敷でリアル幽霊がダミーお化けを操作しているので、
社長が振り返ると、私達の後ろにはたれ目が優しげな印象の、30代前半程の男性幽霊が片手を振っていた。
もう片方の手には、傘のお化けを持っている。
「華菱さーん、おひさですね」
「お久しぶりです、勤務は順調ですか?」
「ええ、みんな僕の演技に驚いてますわな」
彼は傘のお化けを空に向かってぱっと投げると、くるくると円を描きながら、ぽとりと地面に落ちた。
「これ……見たことある! あなたが操作していたのですね。はじめまして、私はミナト区幽霊保護課の漆原です」
驚いて声をあげると、粟井さんはふふふっと上品に笑う。
「はじめまして。僕は、
お化け屋敷で1ヶ月働くと1日だけ生前の姿に戻れる特例措置は、彼に適応されたらしい。
「お勤めも、ようやく明日で終了です。粟井さんはどうしてもご友人の結婚式に参列したかったと仰っておりましたね。確か来週ではありませんでした?」
「そうなんです、来週。晴れると良いなぁ。生前の荷物はそちらで預かってくれているのですよね?」
「はい。結婚式の当日、つまりあなたが生き返る当日に渡しますから、ミナト区役所までいらしてくださいね」
「もう、本当に感謝してもしきれないわぁ……。では、もう夜も遅いので、おやすみなさい」
粟井さんは涙目になっているのを隠すように、早足で暗闇へと消えていった。
********************
まだ日の光もない、夜明け前。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
今日は、粟井さんが1日だけ生前の姿になれる日だ。
朝早いから、社長だけで対応すると言っていたが、幽霊が人間に戻れる日なんてめったに見られないため、私も社長にあわせて早朝勤務を希望した。
登場するまでに、彼についての記録を確認する。
YM02921番、粟井 心。
令和3年9月1日、32歳で死亡。
令和3年10月12日に友人女性の結婚式に出席予定。
彼と友人女性は実家が近所で、小学生の頃からの幼なじみだった。
社会人になってからも、何でも話せる親友のような関係は続いていた。
半年前、彼は友人女性から結婚の知らせを受け、結婚式の招待状を受け取る。
友人女性が結婚する事実を目の当たりにし、彼は彼女に恋心を抱いていたことを自覚。
結婚式には出席するとは伝えたものの、その後彼は彼女を避けるような態度をとってしまったことを後悔している。
彼女を大切な存在に思っているからこそ、結婚式に出席し、心から祝福をしたいと考えていたが、式の約一ヶ月前に交通事故により死亡。
後の記録は、社長がお化け屋敷の採用試験に彼を連れて行ったり、関連する他部署とやりとりをしたりした記録が残っている。
また、就労関係や生前の荷物保管等の特例措置にかかる同意書や申請書に加え、いくつもの起案がたてられていた。
社長は、相当彼に時間と手間をかけていた様だ。
「今回の幽霊は、珍しく共感できる動機でしょう。期間は短かったのですが、他部署とのやりとりをするなど、あれもこれもと手続きは大変でしたよ。何せ彼に関わる幽霊保護課以外の人間の記憶や事柄、歴史を改ざんしましたから」
社長もぱらぱらと記録をめくりながら懐かしんでいると、幽霊保護課のドアをノックする音が聞こえる。
「華菱さーん! 見てください! 足があるんですぅ! 懐かしいなぁ、このかんじ」
幽霊ではない、足のきちんとついている粟井さんだ。
彼は嬉しそうに足で地べたを何度も踏んでいる。
社長は、鍵付きの戸棚より、収納ボックスを一つ取り出す。
「良かったですね、粟井さん。こちらがあなたから預かったものです」
社長は、収納ボックスを目の前で開ける。
クリーニングに出し、ビニール袋がかかったままのスーツや結婚式用の白いネクタイ、水引の飾りのご祝儀袋、小綺麗な鞄など。
粟井さんの生前のときの私物だ。
薔薇とリボン柄の結婚式の招待状も、小さなファイルに入れて大切にしまっていたのが分かる。
「一方的なのは分かっているけれど、1人の友人、いや、親友として、きちんとおめでとうを言ってこようと思います」
彼は、招待状を開き、穏やかな表情で見つめる。
そんな粟井さんを見ていると、微笑ましい気持ちになった。
このときまだ私達は知らなかった。
これから発覚する事実が、彼にとって残酷であることを。
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