第21話 稲妻

 

 粟井さんが正装に着替え、結婚式場へと向かう。

 結婚式に相応しい、穏やかな青空が広がる。


「自由になった幽霊を見張るだなんて。本当はこんなことしたくないんですけどね。ダニエル、華菱のパソコンと連携して粟井 心さんの様子を映してください」

『カシコマリマシタ』


 私達は事務所のパソコンにて、粟井さんの様子を見守る。

 幽霊保護課には、1日だけ自由の身となった幽霊が違法または周囲に対して危険な行いをしないか監視する義務がある。


 画面に粟井さんが映る。

 ホテル入り口すぐの大きな電子掲示板に、挙式予定者の名前や会場が表示されている。

 招待状と掲示板を何度も確認するが、彼は友人の名前を見つけられていない。


 しばらくすると、粟井さんに近付き、声掛けをする女性の姿が。

 茶髪の髪を編み込みにしてまとめ、ボーダーのニットに赤いスキニーのスタイル。

 やや派手な印象だ。

 彼は目を見開いて驚き、招待状と彼女の顔を見比べている。


「ダニエル、音声の再現をお願いします」

『カシコマリマシタ』


 クラシックの落ち着いた音楽と、彼らの会話が聞こえてくる。


「こころん、やっぱり来てくれたんだ」

「ゆかちゃん! 来るに決まってるだろ。これから着替えるの? 遅くないか?」

 

 粟井さんは彼女に「こころん」と呼ばれている。

 「ゆかちゃん」と呼ばれた彼女が友人女性らしい。

 ゆかちゃんは、粟井さんから目をそらして話す。


「あー……。その話なんだけど、ラウンジに移動してからにしない?」



 2人はエレベーターで高層階のラウンジに移動する。

 青い絨毯に、ところどころ植えられた観葉植物が映える、緑豊かで開放的なラウンジだ。ガラス張りの窓からは、日本庭園や滝の景色を楽しめる。

 ウェイターが、2人の目の前にコーヒーと大粒の葡萄ぶどうの乗ったショートケーキ、モンブランを置く。


「ゆかちゃん、結婚するって嘘だったんだ」

「うん」

「何でそんな嘘を……」


 ゆかちゃんはスマホのトーク画面を見せ、やや気持ちの高ぶった声で話す。


「それは悪かったと思うけどさ……式の1ヶ月前に、こころんに連絡したのに。こころんっていつもそう。メッセージ送ってもすぐ読まないで、1ヶ月とか放置とかざらじゃない」

「ごめん。広告の通知しか届かないから、通知設定オフにしてた」


 粟井さんが嘘をついているのはすぐに分かった。

 何故なら、彼は一ヶ月前は既に亡くなっていたからだ。


「私が結婚するって聞いたとき、動揺してたよね?」

「幼なじみの仲だったし。いろんな人と付き合っても一週間くらいで別れてたゆかちゃんが結婚するなんて驚いちゃってさ」


 粟井さんの答えを聞き、ゆかちゃんはテーブルの下で足を組み、深い溜め息をつく。


「本当、うといよね。何度もアプローチしてたつもりだったんだけど、全く気が付いてくれなくて。私、こころんのことずっと好きだったんだよ」


 粟井さんは持っていたフォークを手から放すと、ケーキ皿に一粒の葡萄ぶどうが転がる。

 顔はみるみるうちに赤く染まり、視点が定まらなくなり、動揺している。


「僕は、ずっと友達だと思ってた。僕はまめじゃないし、ゆかちゃんの思うような男じゃないよ。ゆかちゃん、別れる理由が『夜中に電話したのに寝ていた』『果肉入りオレンジジュースが欲しかったのに彼が買ってきたのは果肉が入ってなかった』とかだろ。僕と付き合っても、すぐ別れちゃうよ」

「違う、それは……」


 ゆかちゃんは、何か言いかけた後すぐに口を閉じ、黙ったままコーヒーカップの一点を見つめている。


「それに僕、彼女いるし。仕事の方も、明日からすぐ海外に行かないといけないんだ。永住だから、将来のことを考えて今の彼女と結婚するかも。じゃあね、元気でね」

 

 粟井さんはゆかちゃんを置き、ラウンジを背にして足早に去る。

 晴れていた空は鉛のような灰色へと変わり、土砂降りの雨が降り始める。



 事務所に、傘も差さずにずぶぬれになった粟井さんがやってくる。

 彼はいきなり土下座をすると、髪から水しぶきがこちらに飛んでくる。


「華菱さん。またお化け屋敷の勤務をしてもいいですか。1ヶ月働けば1日、1年働けば12日になりますよね。僕、やっぱり生きて、彼女と一緒にいたいです」


 額を地べたに着けて懇願こんがんする粟井さんに、社長は静かに首を横に振る。


「粟井さん。前にもお話しましたが、生前の姿に戻れる1日が終了したら、未練が断ち切れなくても強制的にこちらで成仏の手続きをとることになっております」

「どうしても、どうしてもだめですか? 一生懸命働きますから……」


 社長は首を振るのみだ。


「こんなことなら、ゆかちゃんに会わなければ良かった。そのまま気持ちを知らずにいればよかった」

 

 座り込み、泣き崩れる粟井さん。

 私はどうしてよいのか分からずおどおどして隣の社長を見上げると、人形のように表情が消えていた。


「元はと言えば華菱さんが、こんな措置があるなんて教えなければ、僕は知らないで済んだのに。どうして、どうして……」


 声を荒げて行き場のない気持ちを社長にぶつける粟井さん。

 私は、彼に対して苛立いらだちを覚え、口を挟む。


「社長……いや、華菱はあなたを思って特例措置を伝えたの。ゆかちゃんに自分の気持ちを早く伝えなかったのがいけないんじゃない。それなのにぐちぐち言っちゃって、何様なの!? あなたを生前の姿に戻すのに、社長がどれだけ苦労したと……」


「葵さん、落ち着いて」


 社長は静かに呟く。

 その後は、黙ったままだ。

 何分かの静寂せいじゃくに包まれる。

 時計の針の音だけが聞こえる。


 しばらくし、粟井さんは顔を上げる。


「漆原さんの言う通りだ。本当は彼女の好意には、ずっと前から気付いてた。でも、関係が悪くなるのが怖くて気付かないふりしてた。それなのに、こんな機会を与えてくれた華菱さんに八つ当たりするなんて……」

 

 社長は、また静かに首を振る。


「本当は、彼女とお別れする決意が粟井さんにあったのは分かります。海外に行くし、彼女がいるなんて仰って。彼女が自分への思いを諦められるように、でしょう。そういうの、何と言うか分かります?」


 粟井さんは首を振ると、社長は穏やかに微笑んだ。


「優しい嘘、です」


 その言葉を聞いた瞬間、粟井さんの頬には再び一筋の涙がつたう。

 外の稲妻が落ちる音に気を取られて目を閉じる。

 開けたときには、結婚式用の白ネクタイのみが床に落ちていた。

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