第34話 かわいいは正義

 無気さんのいるトレーニングルームへと駆けつける。


「無気さん、大丈夫ですか?」


 無気さんは、いつものごとくぼんやりとした表情をしている。

 何一つ変わった様子は見られない。


「さっきからずっと激しいトレーニングをしているのに、汗もかかないで涼しい顔をしているでございマッスル。逆にどこか悪いのではないでしょうか?」


 権田原さんは心より心配しているが、身体のない幽霊なので汗もかかないし、疲れないのは当たり前。

 贅沢なことに、服を着たり食事をするのはできるらしい。

 幽霊の生態については、専門職に就いていてもまだまだ分からないのだ。


「驚いたではありませんか。無気さん、どうです? 楽しい気分になれました?」


 形だけでも、と麗は無気さんにタオルを手渡す。


「全然だよ。全く筋肉もつかないし」

「当たり前でございマッスル。筋肉は1日にしてならず!」


 権田原さんの名言が一つ追加された。


「そういえば、今日は麗様と葵様のお友達がいらっしゃると伺っているでございマッスル」

「お友達?」

「白亜さんとジュディさんです」


 噂をすれば、チャイムの音が聞こえる。

 権田原さんが駆けつけてドアを空けると、大笑いする声が聞こえる。

 

「無気さん、何か楽しいことが起こっているかもですよ。僕達も行きましょうか」


 ドア付近で、白亜さんとジュディさんが大笑いしている。


「麗、執事の権田原さんの語尾、おもしろすぎでしょ!」

「お客様も素敵でございマッスル!」


 白亜さんとジュディさんが権田原さんの話し方にツボったのは分かる。

 権田原さんが驚いているのは、ジュディさんは舞妓さんの姿、白亜さんはメイド服姿のせいだろう。

 

「貴方達、何をしているんです?」

「ジュディが舞妓はんになりたいって言うから、俺も便乗してみた。似合う?」


 ジュディさんの舞妓はんは観光パンフレットに載れそうなくらい美しい。

 白亜さんのメイドさんは、ハロウィンになると渋谷に集まる若者みたいなクオリティだ。


「俺も一回くらいやってみたかったんだよね」

「華菱サン、無気サン、やりましょう!」


 白亜さんもジュディさんもノリノリだ。


「女性になれたら、楽しくなるかもしれない。女性ってなんか楽しそうな人多いよねぇ」


 無気さんは首を傾げながらも、やってみたそうな様子だ。

 

「まったく、皆さんは。僕の女装姿が見たいだなんて。性癖が歪んでも責任取れませんよ。無気さん、行きましょうか」


 麗と無気さんは屋敷の奥へと消えていく。

 

********************


 2人が戻る。

 深紅のパーティードレスに身を包んだ麗。

 栗色の髪(ウィッグ)に琥珀色の瞳が死ぬほど似合う。

 確かに性癖が歪みそうだ。

 ちなみに無気さんは、ピンクのチャイナドレスを着ていた。

 トシマ区の琳さん達に中国魂を侮辱したことを謝った方がいいレベルに似合っていなかったが、それは秘密だ。

 

「麗も無気さんもめっちゃ綺麗! 街ですれ違ったら絶対俺ナンパすると思う!」

「白亜さん、タイ旅行の際はお気をつけてくださいね」


 麗は満足そうに頷きながら鏡を見つめる。


「せっかくここまでやったんだし、メイクしたらもっと本格的になるんじゃない?」


 私が提案すると、ジュディさんの表情が明るくなる。


「葵サン、神デス……」


 お得意のメイクを自分以外の顔で、しかも男性に施すとは思いもしなかった。

 それぞれのなりたいイメージを聞き、手早くメイクを施していく。

 ベースとなるファンデーション、アイシャドウやリップの色の濃淡、アイラインの引き方を調整して、イメージに近づける。

 メイクのお陰で、麗と無気さんは愛されゆるふわ系になり、白亜さんとジュディさんはきりりとした美女風になった。


「ファンタスティック! 魔法ですか、葵サン!」

「これが俺!? 変わるなぁ!」


 ジュディさんも白亜さんもはしゃいでいる。

 無気さんはぽつりと言葉を零す。


「漆原さんはメイクお上手だなぁ。実はすっぴんと今とで差があったりして」


 思いがけぬところで、胸にちくりとした痛みが走る。

 無気さんは悪気なく言ったのは分かってるが、その言葉は頭に何度もこだましている。

 麗も、私が何気なく発した言葉を気にしていたとき、きっと同じ気持ちだったのだろう。


「無気さん、漆原さんは蒔絵師です。蒔絵は筆に漆を塗り、少し乾かした後に金粉をとって漆器に着けていきます。ほら、メイク下地を塗ったり、アイシャドウをメイクブラシにとったりって、蒔絵と似ているでしょう? メイクがお上手なのも納得じゃないですか」

 

 麗はさも当たり前のように無気さんに話す。

 さり気なく麗が私を気遣ってくれたのが嬉しくて、じんわりと涙目になる。

 無気さんは鏡で自らを映した後、黄泉送致係のメンバーを見渡す。


「そう言われたらそうか」 


 ここまで尽くしたのに微妙な反応の無気さんに私達は絶望していた、その時。


 ぱさぱさぱさ。


「レイサマ、ウツクシイ!」


 愛くるしい瞳の麗子ちゃんが飛んでくる。

 麗子ちゃんは、無気さんの肩にちょこんととまる。

 無気さんの表情が、ぱっと明るくなる。


「か、かわいいなぁ。癒やされるなぁ」


 笑顔の無気さんは消えていく。


「俺達の、彼に費やした約3年って……」

「成仏できたのデスから、良しとシマショウ!」


 最期までミステリアスな無気さん。

 成仏期限内に無事成仏した。

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