第24話 就職理由
時が過ぎるのも早く、師走下旬。
書類や記録の整理など、手のつけられなかった業務を少しずつ片付けていく。
幽霊保護課の勤務を始めてから、早くも半年が過ぎる。
初めのうちは慣れないので麗とペアで業務をすることが多かったが、少し前からのシフトは必ずしも同じ日程では無くなった。
本日は、黒いシャツに赤ネクタイ、グレーのカーディガンという派手な服装の白亜さんとの勤務だ。
「葵ちゃん、起案を差し戻しするね。申し訳ないけど、修正よろしく!」
かわいい猫のふせんに、丁寧な文字で修正箇所が書かれている。
見た目や言動はチャラそうだが、実は白亜さんは黄泉送致係の係長なのだ。
「すみません、すぐ直します」
「いいって、気にしないで。ここに来てから、大変だったっしょ。きちんと身についてるから、自信もってね」
「ありがとうございます」
事務の経験が皆無だった私にも、優しく指導してくれるし、気さくな上司だ。
彼は、とても仕事が早くて丁寧だ。
黄泉送致係の業務に必要な法律についても詳しい。
彼は、一体どのようにしてこの部署にやってきたのだろう。
「白亜さんはどうして幽霊保護課にやってきたのですか?」
「ああ、俺?」
白亜さんは遠くを見るように目を細め、口を開こうとすると定時の鐘の音が聞こえる。
「たまには定時で帰ろっか。良かったらさ、その話を聞きに俺のバーに来ない? 早い時間だったら、他のお客さんいないし」
「白亜さんのバーって、キラキラしたお姉さんお兄さんがいるようなお店じゃないですよね?」
「あら、俺ってどんなイメージ持たれてるんだろ。オーセンティックバーだよ。なんなら麗やジュディも呼ぼうか」
白亜さんはジュディさんと麗に連絡する。
ジュディさんは来られないが、社長はぜひ行きたいとのことだった。
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白亜さんのお店は、ジャズが流れる小さなオーセンティックバーだった。
蝶ネクタイにベスト姿、ノリの良いトークの彼を目当てに来るお客様も多いだろう。
白亜さんは、腕まくりをする。
「麗はいつもマティーニだよね?」
「そうです。マティーニは僕に相応しいカクテルなので」
「マティーニのカクテル言葉は『トゲのある美しさ』。薔薇みたいだな」
マティーニにそんなカクテル言葉があったなんて。
カクテルまで自分に相応しいものをチョイスする麗、安定している。
「葵ちゃんは? お酒強い?」
「そんなに強くないです。さっぱりしたのがいいですね」
「了解!」
白亜さんはてきぱきと動く。
流れるようにシェイカーを振り、カクテルグラスに注いでいく。
無駄のない動きは、思わず見入ってしまう。
「はい、シンデレラ作ったよ。葵ちゃんのはかわいく飾ってみたよ」
「青いエディブルフラワーがかわいいですね! 頂きます」
一口含むと、檸檬のさわやかな味わいにパイナップルとオレンジの甘さをほんのりと感じる。
「今日葵ちゃんに言われたんだけどさ、何で黄泉送致係の仕事をすることになったかって。そんな話、数年一緒にいるけど俺達話したことなかったよな」
「確かに、その話題はタブーな雰囲気はありましたよね」
何だか私は白亜さんに、空気の読めない発言をしてしまっていた様だ。
「話したくないとかだったら、ごめんなさい」
「いいよ、気になるもんねぇ。その前にこれ、お二人にプレゼント!」
白亜さんは、林檎や
林檎が鳥の様に美しくカットされている。
「この林檎の鳥、今にも動き出しそう!」
「ありがとうございます。芸術的なフルーツカット、お見事です」
食べるのが勿体ないくらいのクオリティだが、フルーツのみずみずしさが失われないうちに食べたい。
フルーツは肌にも良い。
麗も同じことを考えているようで、最後の1つの金柑に同時にフォークを突き刺し、「譲りなさいよ」と、互いににらめっこをしてしまう。
「2人とも、喧嘩しないの。で、さっきの話だけど。クイズ! 俺の前職は?」
白亜さんはお得意のウインクをしつつ、フルーツをカットしたまな板を洗う。
麗はすかさず答える。
「ホストでしょう」
「葵ちゃんといい、麗といい、俺ってどういう印象なの?」
苦笑いをしながら答える白亜さん。
「正解は、ミナト区の職員。行政職でしたー」
「意外ですね! まさかここにくる前も公務員でしたか」
社長も目を見開いて驚いている。
「俺、人と話すことが好きでさ。学生時代もバーでアルバイトしてたんだ。俺自身は全然飲めないんだけど。で、いざ就職ってなったときに、公務員ならいろんな立場の人と話せる機会が多いかなって思って。そんなこと面接じゃ言わなかったけどね」
「確かに、役所にはいろいろな立場の人がいらっしゃいますからね。イメージとは違いました?」
白亜さんは宙の一点を見つめ、回想するように話す。
「いや、イメージ通り。税務課、福祉課を経験したな。仕事はやりがいはあったんだけど、アルバイト時にオリジナルのカクテルを開発したりして、お客さんに喜んでもらうのも楽しかったんだよね。貯金も貯まってきたことだし、自分の店を持てたら絶対楽しいだろうなぁって」
白亜さんは明るく話しているが、当時はものすごく葛藤しただろう。
「役所もバーデンダーも、人の生活の一場面に触れることについては変わらないですものね」
「葵ちゃん、分かってるね。でも、公務員は副業ができないんだ。当時本当に悩み、上司に相談したらお化け屋敷に連れて行かれた。これから先は、皆と同じじゃない?」
白亜さんはニヤリと笑う。
彼の話から、お化け屋敷は共通試験らしい。
「麗は?」
「ええ。幽霊保護課の採用条件は、何か我を忘れて夢中になれるものを持っている方らししいですね」
話が噛み合っていない。
酔っているのか、わざとなのか。
麗の、カクテルグラスを見つめる憂いを帯びた目。
彼は話したくない事情があるのではないか。
「麗、話したくないなら、無理に話さなくていいからな」
白亜さんも麗の様子に違和感を覚えたようだ。
「僕が幽霊保護課にいる理由。そんなの決まっているでしょう?」
白亜さんと私は息をのむ。
「試しているのです。僕の美しさが、幽霊にも通用するのかを」
恍惚の表情でマティーニを楽しむ彼は、アルコールではなく相変わらず自分に酔っていた。
しかし、私には彼が何かを隠している、いや、抱えているに違いないと直感が訴えた。
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