第23話 プライベート

 コイン投入口に100円を入れると、軽い音楽と共に30秒のカウントが始まる。

 社長はレバーを動かし、狙いを定めた瞬間、ひざからがっくりと崩れ落ちる。


「社長!? どうしたの!?」

「お兄ちゃん? どこか痛いの?」


 私達が心配すると、社長はハンカチで目元の涙を拭う。


「申し訳ありません。UFOキャッチャー奥の鏡に、大変美しい方が映って。あまりの美貌に嫉妬したのですが、それは僕自身だと気が付いた瞬間、感動してしまいまして」


 こんな場面でもナルシストを発動するなんて。

 開いた口が塞がらない。

 こうしているうちにも、タイマーの数字はゼロへと向かっていく。


「やらなきゃ!」


 すばる君がレバーを操作する。

 ぬいぐるみをアームが掴むが、ころんと転がってすり抜けていった。


「次は私ね」


 100円を投入口に入れ、手早くレバーを動かし、アームでぬいぐるみを掴む。

 ウーパールーパーの背のぴろぴろ部分に引っかかる。


「これならいけそう!」


 しかし、もうすぐのところでアームはぴろぴろ部分を放してしまった。

 社長は大学生のアルバイトらしき女性店員を捕まえ、「これで何とか……」と財布の中身を見せて交渉し始めるが、彼女は突然見せられる大金の額に足がすくんでしまい、全力で拒否して逃げるようにして去っていく。

 その様子をすばる君は見て、また泣き出しそうな表情になる。


「買ってもらうんじゃなくて、UFOキャッチャーで取って欲しいんだよぉ!」

「分かった、お姉ちゃん頑張るから」


 すばる君をなだめつつ、コインを入れようと財布を用意したとき、視線を感じる。

 振り返ると、見覚えのある顔。

 トシマ区の龍さんだ。

 料理人時の中華風コックコートではなく、今日は濃紺のチェスターコートに白パーカーを合わせている。

 よく見ると、龍さんは白い肌に流し目、すっと通った鼻筋の美青年だ。

 まだ20代半ばであろうカーキー色のシャツワンピース姿の女性が、彼の腕に自らの腕を絡ませている。

 デート中だなんて、見てはいけないものを見てしまった気がする。

 こちらも社長といるから、お互い様だが。

 

 龍さんはウーパールーパーのぬいぐるみのクレーンゲーム前に近付き、隣の女性に話しかける。


「クレーンゲームやるね」

「えー? それより、プリ撮ろうよ」

「一回だけ、お願い。プリは後で撮るから」

「もー、しょーがないなぁ。分かった」


 女性がぷくっと頬を膨らませるのに対し、龍さんは人差し指でふざけて彼女の頬をつつくと、女性は幸せそうな笑顔になる。

 龍さんはコインを1枚入れ、器用にアームを動かす。

 景品が落ちる穴のすぐ横にいるぬいぐるみの、微妙に外側を狙ってアームは下げられる。

 アームはぬいぐるみを弾き飛ばし、見事に景品が落ちる穴へと転がった。 


「わぁ、すごいよ! とれたよ!」


 すばる君は、飛び上がって喜んでいる。

 つられて私も思わず拍手してしまう。

 

 龍さんは、ウーパールーパーのぬいぐるみを取り出して女性に見せる。


「付き合って1ヶ月記念のプレゼントだよ。ぬいぐるみ、好きだっただろ?」

「私、あんまりぬいぐるみ好きじゃないけど……」

「うん、分かってる。これはいらないから、拍手してくれたお姉さんにでもあげようかな」


 龍さんは私に微笑みかけ、ぬいぐるみを渡す。

 

「あ、ありがとうございます! これ、欲しかったんですよね」

  

 歓声を上げる私とは反対に、女性はつまらなさそうに私をじっとりと睨む。

 龍さんは彼女の腰に手をまわす。


「君の本当のプレゼントはペアリングを用意してあるんだ。後で渡すからね」

「龍さん……好きっ♡」


 女性は今にも溶けそうなくらいの甘い表情で龍さんに抱きつく。

 彼らはプリクラコーナーへと消える。

 龍さんは無口キャラだと思っていたけど、意外な一面を発見してしまった。


「はい、すばる君」


 ぬいぐるみを渡すと、すばる君は元気よくお礼をする。


「ありがとう! 楽しかった!」


 ウーパールーパーのぬいぐるみを残し、すばる君は消えていった。

 

********************

 

 ウーパールーパーのぬいぐるみを家に持ち帰ると、キバタンの麗子ちゃんがくちばしでぬいぐるみをつつこうとしているので、すぐにぬいぐるみを隠す。


「葵さん、こんなのが好きなんですか?」


 社長は、ミルクティーの入ったティーカップを片手に、ころんと丸くて背中と両目の横にぴろぴろのついた、間抜けな表情のぬいぐるみの顔をじっと見る。

 

「かわいいじゃない、おめめぱっちりの気取ったキャラより、脱力系ゆるキャラの方が好きなの。あーあ、人間の世界もこういう顔が流行れば、私は頑張ってメイクなんてしなくていいのに」


 私の発言に、社長はミルクティーを吹き出しそうになっている。

 

「そうですか。それより、ぬいぐるみを処分しなくて良かったのですか? 家に置いておくことで幽霊……すばる君のことを思い出しはしませんか?」

「別に。かわいいから気に入って持ち帰ってきただけだし」


 社長には言わないが、私は元彼からもらったプレゼントも気に入ってたらそのまま使い続けるタイプだ。

 物に罪はない。

 社長は静かに笑った後、すぐに真剣な表情になる。


「それなら良いのですが。葵さん、昼間はきつい言い方をしてしまってごめんなさい」

「私こそ、あれだけ仕事が終わったらダニエルをオフにするように言われていたのに。ごめんなさい」


 社長も、気にしていたみたいだ。


「幽霊保護課の職員として、普段は幽霊を見る能力が無い人間を採用しているのには訳があるのです。その理由の1つとして、プライベートでも幽霊が見えていたら、常に仕事のことを意識してしまい、メンタル面に異常が出やすくなりやすくなるからです」


 一般的な仕事でも、気掛かりで休日も気になってしまい、しっかりと休めないときもあるだろう。

 ましては、休日までも幽霊が見えてしまったら、常に仕事モードにならざるを得ない。


「僕は身直に、仕事とプライベートの切り替えが出来なくなり、大切なものを失った方を知っています。葵さんには、そんな風になってほしくないのです」


 社長は、社長なりの優しさで私に注意したのか。

 彼の宙を見つめる表情は、美しい彫刻のように血の気が無いように見えた。


「分かった。これからはきちんと守るから。仕事とプライベートの切り分けね。でも、ずっと社長と一緒だし何だかな」


 社長の瞳は、私をしっかりと捉える。


「その『社長』という呼び方、プライベートではやめましょうか」

「じゃあプライベートでは『麗』って呼んでいい?」


 彼の名を呼んでから、頬が赤く染まる感覚が自分でも分かった。

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