第25話 薔薇レンジャー

 新年が始まり、棺コーディネート華菱のホームページに載せる和服姿の麗の写真を撮る。


「洋服も和服も似合うだなんて……罪な男です。ねぇ、麗子ちゃん」

「レイサマ、ウツクシイ!」


 麗子ちゃんは麗の肩から飛び立ち、羽をバサバサと広げる。


「髪が! ヘアセットが!」


 麗は半ばパニック状態で和服をたくし上げ、鏡へとダッシュして乱れた髪を直す。


 呼び鈴の音が聞こえる。

 今日は、来客の予定は無いはずなのに。

 アポなし相談の新規のお客様だろうか。

 

「葵さん、対応お願いします。この髪型で、お客様の前に出るのは失礼です!」


 彼は鏡から視線を逸らさない。

 ミリ単位でのヘアセットのズレを直すのに、オペでもやるのかというくらいに真剣な表情だ。

 麗は仕事どころではなさそうなので、私は1人で対応することにした。


「こんにちは。棺コーディネート華菱の漆原と申します」


 ドアを開けると、戦隊ものの真っ赤なコスチュームを身にまとう人物がいた。

 これは確か、薔薇レンジャーのローズレッドだった気がする。

 がっちりとした背格好から、男性だと分かる。

 通報すべきか?

 いや、露出狂とかじゃないし、普通のお客様だったら通報なんてしたら失礼すぎるし……。

 

「……」


 男は黙ったままでいる。


「コーディネートのご相談でしょうか?」

「……」


 男は、ものすごいスピードでスマートフォンに素早く文字を打ち、私に見せる。


『私は、声が出せません。聞くことはできます。コーディネートのご相談をしてもよろしいですか?』


 そうか、彼にはそのような事情があったのか。


「はい、もちろんです。こちらへどうぞ。その衣装、素敵ですね」


 彼はローズレッドの決めポーズをその場で決めた。


********************


「ローズレッド、幼い頃に男の子達の間で流行っていました」

『ローズレッドは息子が好きなキャラクターでした。ところで、華菱社長はいらっしゃいますか?』

「申し訳ございません。華菱は、今別のお客様の対応をしております」


 まさか正直に「ヘアセットの乱れを直しております」なんて言えるわけがない。

 心のなかで苦笑する。

 ローズレッドのコスプレの彼は、あたりをきょろきょろと見渡す。


『最近、華菱に婚約者ができたという噂を伺ったのですが、それは本当ですか?』


 心臓の鼓動が早くなる。

 この人は、どこでそんなことを知ったのだろう。

 初めてお会いする方には麗は私のことを婚約者だときちんと紹介してくれる。

 しかし、彼と麗の関係性がまるで分からない。

 会ったこと自体、あるのだろうか。

 いろいろと迷った結果、私は真実を伝えようと決意する。


「私が、華菱の婚約者の漆原 葵です」


 ローズレッドは、被り物をしたまま私を凝視する。

 少し考えるようにスマホの文字を入力し、消しては入力しての動作を繰り返す。

 

『華菱の、どこが気に入ったのですか?』


 麗の、どこが気に入ったか。

 契約結婚だから、率直に言えば「条件」。

 それは、彼も同じことだろう。

 でも、私は彼を条件だけで好意的な気持ちを抱いている訳でないのは確かだ。

 

 私は自問自答する。 

 私は、彼に恋をしているのか?

 その前に、恋って何だっけ?


 一緒にいると、楽しい感情が恋?

 胸が高鳴る感じがするんだっけ? 

 麗に理路整然と契約結婚を提案され、満足のいく内容だから納得していたけれど。 

 改めて考えると、この生活って、どうなんだろう。

 広いお屋敷生活、少し変わってはいるものの執事がいるから夫婦らしく生活したことはない。


 頭のなかで、ぐるぐると考えがまわり、まとまらない。

 喉が不気味なまでに渇くのを感じる。


 ロードレッドが、くすりと笑うと少しだけ声が零れる。

 

『華菱のことだから、周りの目を気にして契約結婚だなんて言い出したのでしょう。貴女は、麗のナルシストを受け入れた。また、貴女の抱えている何かを、麗が受け入れたのでしょう』


 この人は、何者なんだろう。

 口から心臓が飛び出そうなくらいの興奮を覚える。


『華菱は、俗に言う温かい家庭という存在を知らない。人に対して厚い壁を作る。もし貴女が華菱のことを少しでも受け入れているのなら、どうか、側にいてあげてください』

 

 ロードレッドの入力したスマホ画面を見、こういうとき、何か口にするべきだと分かっているが、何も言葉にできない自分に情けなくなる。


 たったの半年、同じ屋根の下で生活していただけで、私は彼について何も分からない。

 本当は、彼をもっと知り、理解したい。

 それが叶わなくても、側にいるだけならできる。


 ただ私に出来たのは、微笑んで頷くことだった。

 扉が開き、和服から着替えたのか、麗が白スーツ姿でやってくる。

 

「お客様、こんにちは」


 ロードレッドは麗を見るなり、いきなりよそよそしい態度になる。


『急用ができました。いつかまた来ます』


「ぜひ、またいらし……」


 私が言い終わる前に、ロードレッドは全力で扉の向こう側に飛び出した。


「ローズレッドですよ! とても懐かしい! 葵さん、すぐに言ってくださいよ!」


 麗はやや興奮気味に、満面の笑みで話す。


「麗、あのキャラクターが好きなの?」

「はい、子どものころ憧れていました。家に、変身グッズや絵本などのおもちゃを持っていましたよ」


 ロードレッド、息子が好きなキャラクターって言ってたけど……。

 まさか、ね。


「全然話変わるけどさ、麗のお父さんって、どんな人?」

「さぁ。いるんですけど、人柄についてはほとんど覚えてないですね」

「覚えてないって……」

「幼い頃から仕事が忙しくて。全国を転々としてましたし。そもそも日本にいるのかも分かりません。彼から連絡が来るのは、

「し、仕事関係?」


 棺コーディネート華菱のことか?

 それとも、幽霊保護課?


「後継ぎです。棺コーディネート華菱の隣の、大きなホテルです。以前ヘリに乗りましたよね? 父は社長なので、ゆくゆくは僕が継ぐらしいので。ちなみに、棺コーディネート華菱は僕が創業者ですよ」


 彼の父の話になった瞬間、ロードレッドで舞い上がっていた麗の笑顔は消えた。


「麗、あまり身内の話とかはしたくないの? 麗の子どものころの話だけでも、聞きたいの。知りたいって」


 彼は、すぐにいつもの表情もどり、私のつむじに手のひらをポンと優しく乗せる。


「貴女が、貴女のままでいてくれれば、それでいいのです」

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