第26話 貝
麗と職員専用の健康診断会場にやってきた。
正月明けで、ご馳走三昧後に体重測定を行うスケジュールを呪いたい。
私は無事に終わり、麗の終了を待つ。
束の間の休息。
ローズレッドがやってきてから、私は麗との関係や彼について考えた。
麗の過去についてふれてみたが、はぐらかされるのみ。
どうしてそんなに嫌がるのだろう。
ぼんやりと考えていると、1時間が経過する。
まだ、麗はやって来ない。
悪い結果が出てしまったのだろうか。
心配になったが、男性と女性ではフロアが違うために様子を見に行く訳にもいかない。
「葵さん、大変お待たせしました」
不安になっていたところで、麗はやってきた。
「何かあったの? 心配したよ」
「医師との面接で時間がかかってしまって……」
彼は私に言えないだけで、悩みがあるのではないか。
麗は肝心なことを言わないし、聞こうとしても怪訝そうな顔をすることが多い。
「大丈夫なの?」
「面談にて、医師から『カウンセリングが必要だから、毎週クリニックに通った方がいい』なんて言われてしまって」
「それって大変じゃない! 抱えていたの?」
「ええ……」
麗は、俯きながら話す。
陰のある表情だ。
「嫌じゃなかったら、話して? 婚約者なんだよ? それに、麗のことを知っておく必要がある……じゃなくて、知りたいの」
私の訴えが心に届いた様で、麗は静かに話す。
「怖いものはありますか、最近眠れてますか、と医師から質問されて……。怖い、眠れてない、って答えたのです」
「そんなに悩んでいたのね。何が怖いの?」
棺コーディネート華菱のお客様に心を添わせすぎてしまったのか。
幽霊保護課の業務での、人の死に向き合う辛さか。
それとも、前に話していた父のホテルを継ぐことか。
「僕が怖いのは、自分自身の美しさです。時が経つことに、それは磨き上げられていくのが怖くて。老いていく不安は全くありません。ますます美しくなって、人を魅了させてしまうのだろうと思うと恐ろしくて。そう考えると、夜も眠れません」
なんだ、心配して損した。
「お話したら、のど乾いて来ちゃいました。僕は近くの売店でミネラルウォーター買いますが、葵さんは何にします? 買ってきますよ」
「選びたいから、逆に私買ってくるよ。待ってて」
「ありがとうございます」
売店へと出向き、麗のもとへ戻ると、私達と同年代と思われる女性が彼と会話している。
長く艶のある黒髪、雪のように白い肌に、ファーの着いた真っ赤なロングコートが恐ろしいくらいに似合う。
すごく、綺麗な人だ。
それ以上に驚いたのは、彼女は鏡で自らの姿を写し、桜の造花を手にしていること。
まるで、女性バージョンの麗だ。
「麗、お待たせ」
「葵さん、ありがとうございます。さ、行きましょうか」
麗はそそくさと立ち上がる。
「こちらの女性は?!」
「いいんです、行きましょう」
麗は強引に立ち去ろうとする。
なんだか、もやもやとした感情が頭を巡る。
********************
幽霊保護課の勤務日。
白亜さんとジュディさんとの勤務だ。
今日は、急遽午前中チュウオウ区の職員がこちらに来る予定が入った。
「チュウオウ区の
「白亜サンったら。いつもオシャレデスよ」
「ジュディ! 嬉しいことを言ってくれるじゃん」
白亜さんの舞い上がり様から、チュウオウ区の職員は女性らしい。
「こんにちは。チュウオウ区の
すらりと背の高い、きれいな女性は微笑む。
長い黒髪に、赤いロングコート。
前に、麗と一緒にいた女性だ。
「いつもお世話になってます。遠いところをいらっしゃってくださって。今すぐモクテルを用意致します!」
白亜さんの一礼する姿に、宮古さんはふわっと笑う。
「漆原 葵です。ここで働いて、半年くらいです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。こちらも、新しい方が入りましたの」
宮古さんの後ろから、女性が姿を表す。
やや明るめの茶髪に、グレーのスーツ姿。
どこかで、見たことがある顔だ。
どこだろう……。
「
由香、どこかで聞いたことのあるような。
気になって、話しかけてみる。
「幽霊保護課の業務は慣れましたか? 私も半年前に知ったときは、もう毎日驚きの連続で」
「分かるぅ! 実は私、ずっと片思いしてた幼なじみにフラれちゃって。彼、無条件に私の隣にいてくれるって思ってたけど。チョー落ち込んで毎日最後にデートしたホテルのラウンジで泣きじゃくってたときに、たまたま通りかかった宮古さんに声をかけられて。『古い恋を忘れるには、新しい出会い』だなんて言われたから、この世界に飛び込んじゃったけどパナイよね」
由香さんは、ギャル風のマシンガントークでガンガン話す。
恐らく、由香さんはお化け屋敷で関わった粟井さんの幼なじみの「ゆかちゃん」だろう。
何はともあれ、元気そうで何よりだ。
「宮古サン、スカウトの仕方もなかなかにエゲツナイ。ヤリテ、シゴデキですね」
「ふふ。私の魅力に惹かれていらしてくださったのよ」
ジュディさんのからかいに、嫌みなくキレキレの返しをする宮古さん。
美しく、自分に自信があり、さり気なく気配りも出来るのに全く恩着せがましさがない。
彼女、麗とすごくお似合いだ。
そう考えると、針で突っつかれるような小さな痛みが胸に起こった。
家に帰り、おそるおそる話を持ちかける。
家では仕事の話は禁止だったので、業務内容に触れないスレスレのところで攻めてみる。
「チュウオウ区の宮古さんって知ってる?」
麗は、読んでいた洋書を落とす。
相当動揺している。
「その方とは、お近付きにならないように」
「過去に彼女と何かあったんだ?」
「どうして聞くんです?」
「前、健康診断会場に一緒にいたでしょ。彼女の前でよそよそしいかったから」
「とにかく、関わらないように。関わったら、貴女と僕の関係は終わりです。もうその話はやめましょうよ」
麗が
ローズレッドが言った通り、私が思う以上に、彼を囲む壁は厚い。
麗は、貝のように口を閉じるのみだ。
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