第27話 わかりません

 幽霊保護課の部署に、凍り付くような空気が漂っているのは真冬の気候のせいではない。


「いい加減にしてもらえますか」

「そりゃないだろ。何かしらヒントちょーだいよぉ」


 ボールペンをカチカチとノックし、眉をひそめる麗に、笑みのなかにも鋭い表情を見せる白亜さん。


 2人に問い詰められてもなお、ぼうっとした表情の幽霊。


「だって、分かんないんだもん」

 

 彼の名前は、無気なしげ ちからさん。

 52歳で死亡。

 彼が無くなってから、2年と11ヶ月が経過。


 麗は、無気さんの履歴書と記録を読み返す。


「中学時代は帰宅部。偏差値にあった適当な高校に入学。大学は家から通えるところ。就職は親のコネで入った近所の建築関係の事務。仕事をするも建築に興味無し。両親他界、趣味なし、休日は寝ているのみ。未練がある箇所が見つけられません」


 今まで出会ってきた幽霊は、何かを成し遂げたいという強い思いがある者ばかりだった。  

 生きている人間以上にアグレッシブな幽霊という表現がぴったりだ。

 しかし、無気さんにはどうもやる気や願いが感じられない。


「何で成仏できないか分かんないんだよね。強いて言うなら、生きてて楽しいことなかったし、一回くらい充実した時間を過ごしたいかな。贅沢でも何でもなくない?」


 ため息を吐きながら腕を組む無気さん。

 白亜さんは相当いらついているようで、こめかみをピクピクさせている。


「今まで俺達、無気さんのためにいろいろやってきたよね? BBQ大会、グランピング、ナイトプール、いろいろ企画したでしょ?!」


 黄泉送致係のメンバーがBBQ大会やグランピング、ナイトプールのイベントを無気さんのために計画している姿を想像し、失礼だが笑ってしまう。


「うーん、何が楽しいんだか分かんなかったんだよね」


 彼がリア充イベントを楽しめないのは、容易に想像できた。


「僕なんて、海外のローズガーデンや、某有名美術館まで連れて行ったのですよ! それから、彫刻家に僕の石像も作ってもらったし、画家に油絵で僕の肖像画も描いてもらったりもしましたし!」


 麗はこれが楽しくないなんて信じられないといった風に呆れている。

 海外旅行は分かるとして、後半のは完全に麗の趣味じゃない?


 何だか私、今日つっこんでばかりな気がする。

 彼らへのツッコミはジュディさんの役割だったはずなのに。

 ジュディさんの方へ顔を向けると、ジュディさんはぷいっと目を背けた。

 

 ジュディさん……?

 様子がおかしくないだろうか。


「ジュディさん、シュレーダーにかけるの手伝ってくれるかな?」

「葵ちゃん、シュレッダーデートなら俺行きたい!」


 白亜さんから逃げるようにしてジュディさんを連れ、ミスプリントの入ったカゴを持ち、シュレッダー室に到着。

 

「ジュディさん、今日元気ないって思っちゃいました」


 はっきりと私が言うと、ジュディさんはバツが悪そうに目を背ける。


「……無気サン、昔のボクみたい。見ていて、シンドイ」

「良かったら、話聞きます」


 ジュディさんは、戸惑うように片手を額に当てる。

 彼の口から飛び出したのは、完璧な日本語だった。

 

「本当は日本語、ペラペラです。敬語話すと華菱さんと雰囲気とかキャラが被るから、あえて片言でした」


 ジュディさん、お茶目か。


「僕の父はオーストラリア人。母は日本人。幼い頃から、オーストラリアと日本を往き来しました」

「ジュディさん、やっぱりハーフだったんですね」

「はい。物心ついたときから、どちらが本当の母国なのか足が着かないかんじが嫌でした。また、昔は長い髪が好きで伸ばしていたり、きれいなスカートに惹かれたりと、見た目も心も女の子のようで、自分は本当に男性なのかと違和感を覚えるようになりました。自分のことに悩みすぎて、逆に他のことに興味がなくなり、閉じこもるようになったのです。とにかく、何をやっても楽しくなかったんですね」


 ジュディさん、いつも明るく元気だけど、悩んでいた時期があったんだ。


「そんななか、疑問に思ったのは僕の名前です。ジュディって、女性の名前じゃないですか」

「確かにそうかもしれないけど、言われてみれば。あんまり気にしてませんでしたが」

「母とケンカしたときに、『女の子を産むはずだったのに。だからこの名前に決めていたのに』って言われて。頭のなかで何かがぷつんと切れて、パスポートを持って家から飛び出し、飛行機に飛び乗りました」


 自身の性別についても悩んでいたときに、そんなそとを親から言われたらと思うと、心がしゅんと縮こまるだろう。


「言葉の通じる日本に行き、そこで我を忘れるように観光に没頭しました。そこで僕は、運命的な出会いをし、生きる希望を見いだしました」

「誰に出会ったのですか?」


 ジュディさんの口から出てきたのは、納得と言えば納得の単語だった。


「キョウトの舞妓はんです。僕がなりたかったのは、この姿だと本能で感じ、その場で舞妓はんの見習い修行をしたいと頼み込みました」

「ま、舞妓はんっていろいろ条件があるんじゃ……」

「はい。身長や年齢など、いろいろアウトでした。希望が見つかったと思ったのに、奪われた気分でした。日本滞在の最終日になっても絶望は消えません。そのとき赤坂のホテルに泊まっていたのですが、屋上から見える景色が全て虚しくて。消えてしまおうと飛び降りを試みました」

「ジュディさん……」

「その場に出くわしたのが、華菱さんでした」


 赤坂のホテルって、まさかのあそこだったんだ。

 ここでジュディさんと麗が出会っただなんて。


「彼は、どうしたの?」

「すごく嬉しそうで、泣き出しそうな表情で、女性の名前を何度も叫んでました……あっ、ごめんなさい!」


 ジュディさんはしまったといった表情てま口を塞ぐ。


「その名前、覚えてる?」

「はい、『ルカさん』でした。聖書に出てくる名前なので印象的で。僕に近づいて人違いだと分かったときの、彼の絶望した顔といったら逆に申し訳なくなるくらいでした」


 その後もジュディさんはたくさん話してくれた。

 本当に申し訳ないとは思いながら、私の頭は不穏な感情が渦巻いてうまく聞き取れなかった。

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