第28話 ダークサイド
ジュディさんとシュレッダー室より戻ると、無気さんの姿は無かった。
面談を終え、帰られたらしい。
「2人とも、遅かったじゃん! そんなにたてこんだ話してたの? 悩みがあるなら係長の俺に話してよね」
白亜さんは案外鋭く、怒っているというより、心底心配している様子だった。
ジュディさんは首を振る。
「ソーリー。僕、シュレッダーつまらせちゃいマシタ。直すの時間かかりマシタ。訪問、行ってきマス」
「全く、ジュディはおっちょこちょいだなー」
ジュディさんは訪問の準備をし、部署を後にする。
白亜さんは苦し紛れの言い訳をするジュディさんの嘘を、恐らく分かっていながらも信じるふりをしているのだろう。
「ところでさ、今日チュウオウ区の宮古さんに渡す資料があってさ。麗が行く予定だったんだけど、都合つかなくて。葵ちゃん、行ってきてくれないかな? 資料は麗のデスクに置いてあると思う」
「は、はい」
チュウオウ区の宮古さん。
胸がざわつくのが分かる。
私情を仕事に挟んではいけないと思い、気を取り直して麗のデスクから資料を見つける。
相当急いで会議に出かけたのか、デスクの上にはファイルやら資料やらノートやらが無造作に置かれていた。
宮古さんへ渡す資料を探すため、申し訳ないとは思いつつデスクをあさる。
ぱさり、と薄いフラットファイルが落ちる。
拾い上げると、幽霊の名前と記録が書かれている。
一気に冷や水を被った気分になる。
令和元年4月1日、28歳で死去。
1ヶ月後に入籍・結婚式を控えていた。
なお、遺体は見つかっていない。
ページをめくると、本日に至るまで何度も麗が幽霊になった彼女を探している記録が
これが、ジュディさんの話していた「ルカさん」だとしたら、彼女は麗と結婚を約束していた間柄だったということだ。
あんなにも自分のことしか考えていない彼が顔を歪めて感情的になるなんて、と感じたが、思った以上に彼らは深い間柄だった。
彼は、いまだにルカさんを忘れられないのだろうか。
複雑な気分になりながら、ファイルをそっと閉じる。
********************
チュウオウ区役所・黄泉送致係は地下室にある。
裏口の非常階段を下り、扉の前のインターホンを鳴らす。
「ミナト区黄泉送致係、漆原です。白亜さんから預かった書類を持ってきました」
扉が開く。
「お疲れ様ー! わざわざありがとう」
由香さんが笑顔で出迎えてくれる。
チュウオウ区黄泉送致係の部署は、ところどころ造花の桜が花瓶に飾られている。
「宮古さんはいますか?」
「出勤はしているんだけど、外出してる。最近失恋したらしくてさ、部署にいると落ち込んじゃうらしいから、訪問で出かけてることが多いんだよね」
あんなに完璧な宮古さんが失恋だなんて。
いったい相手はどんな方なんだろう。
「ミナト区の白亜から資料あずかってます。宮古さんにお渡しください」
「オッケー、気をつけて帰ってね。ミナト区の皆さんによろしく」
由香さんに挨拶し、扉の外に出る。
宮古さんが入ろうとしていた。
ここで彼女に会うなんて、タイミングが良すぎる。
「こ、こんにちは。白亜より資料預かってしました」
「あら、この前の。漆原さんでよろしいですか?」
目を充血させ、鼻の頭のファンデーションがとれかかっている。
以前お会いした、堂々としている彼女の面影はどこにもない。
失恋がよほど堪えているのだろうか。
「そうです。だ、大丈夫ですか?」
「ええ、失恋してしまって。ずっと思いを馳せていた方だったのですけど。その方、どうやら最近婚約者が出来たと伺いましたの」
話しているうちに、宮古さんの目からは涙が滲んでくる。
レースのついたハンカチを取り出し、目元へとあてている。
「婚約者」という響きに嫌な予感がする。
聞きたくないけれど、聞かなければはっきりとさせられない。
麗に聞いても、教えてくれないのだから。
「宮古さんの好きな男性の婚約者は、どういう方ですか」
「私も知っている方なのですが、どうやら同じ職場の様で。てっきり、信頼し合っている同僚とばかり思っておりましたの。まぁ、でも良いですわ。前回同様、恐らくその方は彼の前から消えることになると思いますので」
宮古さんは腫れ上がった目に闘志を浮かばせ、指でピストルを撃つような動作をする。
瞳の色が
私に対する宣戦布告なのだろうか。
それにしても、前回同様とはどういうことなのか?
ひょっとしたら、ジュディさんの話す「ルカさん」が記録で発見した「北里ルカ」で、2人の仲を宮古さんが裂こうとしたのか?
まさか、ルカさんが亡くなったのは宮古さんが絡んでいるのか?
考えてみると、麗が宮古さんにひどく動揺していたのも、「あの人と関わったら、僕も貴女も終わりです」と言っていたのも
宮古さんがジュディさん似の女性を殺め、勝ち誇った笑みを浮かべる姿が脳裏にちらつく。
怖い。
背筋が凍りつくとは、このことを言うのか。
幽霊よりも生きている人間の方が余程怖いとはよく言うが、いざ体験してみると桁違いに恐ろしくて言葉が出ない。
一刻も早く宮古さんから離れたくて、背を向けて全力で逃げ出す。
今日聞いたことは、本格的に麗に相談しないといけない。
きちんと相談して、身の危険を訴えれば、きっと彼も本気で考えてくれるはず。
このときの私は、完全に思考がダークサイドに堕ちていた。
一度浮かんだ自らが事実だと思う考えは、そう簡単に
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