第14話 罪深い闇夜のパルフェ

 初仕事を終え、区役所に戻る。

 衣服は濡れていたはずだが、よく晴れていたのに加え、社長の撮影の時間が長すぎたせいで、現場を去る頃には乾いてしまっていた。


「お疲れ様デス!」

「よく頑張ったね! どんな感じで成仏した?」


 温かく迎えてくれた2人に経緯を話すと、白亜さんはお腹を抱えて笑い転げている。

 

「麗、ジェットパックって危機的状況でしか使わないって約束だっただろ」

「僕の美が崩れるなんて、危機的状況です」 


 社長は、何がおかしいのかさっぱり理解できないといった表情をしている。


「そりゃあ仕方ないな。あの番組の撮影でも……」

「白亜サン、シャラップ! その話題、NGデス!」


 ジュディさんの鋭い叫びに、肩を震わす白亜さん。


「さぁ、今日はお疲れでしょうし、もう帰りましょうかね。ああ、早くシャワーを浴びなければ……」


 社長はいそいそと帰り支度を始める。


********************


 初仕事祝いのため、社長はカウンターデザート専門店に連れてきた。 

 カウンターには、マンゴーやメロンなどのフルーツが山盛りに置かれている。


 シェフが目の前で、流れるような手付きで、透き通るジュレに、さくさくのパブロバをグラスに入れていく。


「お待たせしました。薔薇とブラン・マンジェのパルフェです。薔薇は食べられますし、噛むほど味わいがお口の中で広がりますよ」


 シェフがデザートを目の前にサーブすると、一礼して去る。

 ブラン・マンジェの滑らかなかたまりに、薔薇の花びらが映え、散らされた金箔の煌めきがアクセントとしてパルフェを引き締めている。

 普通に食べても美味しい一つずつのパーツを組み合わせ、計算されたパルフェは芸術品。

 思わずため息が漏れてしまう。


「これで機嫌直して、明日も頑張ってくださいね。意外とこの仕事、体力勝負なところがあるんですよ」


 社長は業務用リュックにジェットパックが備え付けられているのを私に伝えていなかったため、バツの悪そうな顔をしている。


「いいよ、けっこう面白かったし」

「なら良いのですが」


 彼は、三日月のように目を細めて微笑む。 

 改めて彼を見ると、透き通るような肌に、整った顔立ちが美しく、隣にいるのを躊躇ためらってしまうほどだ。


「そんなに見つめられると、僕の美しさを再確認してしまうではないですか」


 まじまじと彼を見てしまったことに羞恥心を感じ、「化粧直しをする」と言ってその場を離れた。


 化粧室に入ると、鏡の前でリップグロスを塗る女性がいた。

 歳は、私と同じくらいか、少し若いくらいだろうか。

 全身、誰が見ても分かるようなブランド品で飾りたてている。

 彼女は目をつり上げる。


「私、ちょうど、斜め後ろの席で食事してたんだけどね。華菱麗と一緒にいたでしょ。あなた、彼の何なの?」

「婚約者です」


 突然の出来事に、ついまともに返事をしてしまった。

 彼女は、大口を開けて目を見開いて驚いている。


「嘘でしょ? 確かにあなた、すっごく綺麗な人だけど。今日放送の番組についてご存知の上で婚約したの?」

 

 番組って、白亜さんやジュディさんも何か知ってる様子だったけど、関係あるのかな。

 首を振ると、彼女は勝ち誇ったように言い放つ。


「本日22時、ナイアガラプライムビデオで配信される、『バチェラー・トーキョー シーズン4』を観て。それでどうするかはあなたの自由だけど。忠告したからね」


 女性は8センチ程の高さのハイヒールで音を立てて去ろうとするので、慌てて引き止める。


「どういう意図があってそんなことを?!」


 彼女は無視をしてドアへと歩みを進めていった。

 彼女、一体何者だろう。


 席に戻り、私は社長に聞いてみる。

「社長、バチェラー・トーキョーって知ってる?」

「知ってるも何も。シーズン4は観ない方が良いですよ」


 社長は、苦虫を噛み潰したような表情をする。

 これは絶対に何か、ある。


********************

 

 自室のテレビよりナイアガラプライムビデオを選択し、バチェラー・トーキョーを検索。

 どうやら、都内在住のハイスペック男性が全国から彼との結婚を希望する女性を集め、3日間かけて婚約者を決める番組らしい。


 番組が始まる。

 登場したのは、文字通り、白馬に乗った社長だった。

 堂々と赤い絨毯を歩く姿は様になっている。

 黄色い声を上げる着飾った女性集団のなかには、今日出会った女性の姿があった。

 

 1日目はミナト区内有名ホテルでのナイトプールイベントだ。

 水着姿できゃぴきゃぴとアピールする女性達をのらりくらりとかわしつつ、社長の視線は、プールサイドに持ち込んだ全身鏡に映る自らの姿だ。

 

 2日目は社長の身近な友人を交えての立食パーティーイベントだ。


「婚約者として僕と住むということは、執事と住むことにもなりますので、彼ともうまくやっていける方が良いですね」


 社長が紹介すると、燕尾服姿の権田原さんが登場する。

 嫌な予感がする。


「見事婚約者となられた女性は、ムキム王国キングダムへご招待致しマッスル」


 画面に「ムキム王国キングダムとは、麗様の御自宅です」と、注釈が表示される。

 女性のよどんだ叫びが聞こえる。

 間違いなく彼女達は、ひいている。


 立食パーティーでは、女性達は社長を囲んで「自分がどれだけ麗様を愛しているか」「麗様に尽くして上げたい」とアピールをしている。

 権田原さんは、誰からも相手にされず、悲しそうに筋トレをしている。


 社長が無難な回答をして、やり過ごしていると、女性達はしびれを切らして彼に詰問きつもんを始める。


「麗さん、はっきりしない態度は嫌! 誰が良いのか、決めてください!」

「私ですよね? 一番美しいもの」

「何よ、あなたなんてただの読者モデルくせに! 麗様に相応しいのは、名家出身の私よ」


 女性達の間で目も当てられない醜い争いが始まった。


 最終日・運命の3日目。


 有名結婚式場のガーデンで女性達が一列に並び、社長の登場を待っている。

 到着した社長に、薔薇を渡されたただ1人女性が婚約者候補となる予定だ。


 高級車が到着する。

 白タキシード姿で薔薇を抱える社長の登場だ。 

 会場では、どよめきが起きる。

 彼の凛とした美しさは、見るものを釘付けにする魅力があった。


 彼は、臆することなく社長の花嫁候補の女性達の前へと歩みを進める。

 立ち止まった彼は、口を開く。


「僕はここにいる皆さんのうち、誰と運命を共にするか、悩みに悩みました。結果、華菱麗の良き理解者となり、生涯愛せると誓えるのは」


 彼は、薔薇の花束を高く掲げる。


「僕自身です」


 社長の整った顔がアップになったところで、番組は終了した。

 

 私の婚約者はナルシストどころか、人類史上のナルシルテスト(ナルシストの最上級)だ。

 そしてこの番組の結末が予想できてしまった私は、完全に彼に毒されていると再確認した。

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