第15話 浴衣と蝶々

 本日は、幽霊保護課の業務は無く、棺コーディネート華菱の社員としてのスケジュールが入っている。

 棺コーディネート華菱では、新規の依頼件数そのものは月数件程度らしい。

 電話・来客対応をしつつ、依頼が決定したお客様の棺や衣装などのデザインやコーディネートを考えたり、実際に作ったりする。

 私のイメージしていた仕事そのものだから、そんなに身構えなくて良い、と社長は話した。


 13時に常連の田中様がいらっしゃる予定だが、社長は何度も時計を見ては憂いをおびた眼差しをしている。


 12時50分。

 棺コーディネート華菱の入口のドアが開かれる。


「田中様、ようこそお越しくださいました」


 社長と私は深々と御辞儀をする。

 田中様は、69歳の女性だが、ノースリーブのだいだい色のワンピースにショッキングピンクのピンヒールに加えて、丁寧にお化粧をしているので、とてもそんな年齢には見えない。


「本日もお越しくださり、ありがとうございます。以前連絡しましたとおり、こちらは漆原で、蒔絵師かつ僕の婚約者となります」

「田中様、はじめまして。私は漆原葵です。どうぞよろしくお願い致します」


 社長は、私の家族に挨拶したときのように丁寧に話す。

 田中様は甲高い声で嬉しそうな声をあげる。


「あらー、かわいらしいお嬢さんですこと! 葵ちゃん、ね。社長さんが婚約できて、私も一安心ですわ。バチェラー・トーキョーに出させちゃって、かえってお節介だったわねぇ。社長さんったら、こんなに格好良くて穏やかな良い男なのに、全然女性の影がないから。良い人とくっつかせてあげたかったのよぉ」


 社長は、笑顔をひくつかせている。


「せっかくテレビに出演させてくださり、ご縁まで頂けたのに本当に申し訳ございませんでした」

「バチェラー・トーキョーで真実の愛が見つけられなくても、素敵な方と出会えたようで本当に良かったわ。心配していたのよ、……」

「田中様、お心遣いをありがとうございます。田中様から頂きました愛くるしいペットに十分癒されておりますので。今、連れてきますので、ソファにおかけになってお待ちください。漆原さん、ペットを連れて行きましょう」


 社長は田中様の話を遮り、逃げるようにロビーから離れ、扉を閉めると大きな溜め息をつく。


「田中様は少々こちらに気を遣いすぎるところがありまして」

「社長がバチェラー・トーキョーに出ることになった原因って、田中様が……」

「ええ。田中様が勝手に申し込んでおりました。彼女はコーディネートの案を決めては違うものにしたいというのを繰り返し、よくこちらにいらっしゃいます。多くのお客様が依頼をしてからコーディネート案が固まるまでの期間が一週間だとすると、彼女は早2年」 

「2年! よほど最期にこだわりが……」

「ええ。毎回相談料もかかるのに通われております。そんなこだわりのあるお客様を無碍むげにはできないです。ちょっと待っていてくださいね」


 扉の前で社長が戻るのを待つ。

 彼の腕に、黄色の冠のついた、オウムのような見た目の白色の鳥が停まっている。

 大きさは50センチくらいだろうか、ニワトリよりは大きい。


「紹介遅れましたが、こちらはキバタンという鳥で、名前は麗子れいこちゃん。女の子です。田中様がくださったペットで、名前も田中様が決めました」


 キバタン・麗子ちゃんに向かって手をふる。

 麗子ちゃんは、けたたましく激しい声で鳴く。


「麗様、カッコイイ! 麗様、美シイ! 麗様、世界一ノ美男子!」


 社長は、麗子ちゃんのくちばしに人差し指をあてる真似をし、静かにするようジェスチャーをする。


「麗子ちゃん、それは僕の前だけでお願いします。田中様の前では『ゴキゲンヨウ、今日モ、良イ日ニ、ナルヨ』で、お願いします」


 麗子ちゃんをしつける社長。

 ペットの鳥にまで美貌を褒めさせるなんて、抜かりない人だ。


********************


 麗子ちゃんが元気なことを確認し、田中様が満足そうな笑顔になった後、本題に入る。


「コーディネートをやり直したいのですよね。今回は、どんなコンセプトで?」


 社長は白紙やパンフレットを広げて聞き取る。


「フヨウの花柄の浴衣姿に何かしらアゲハチョウのデザインっていうのは変えなくないわ。変えるとしたら、それ以外なんだけどねぇ」

「毎回聞きますけど、着物でなくて良いのですか?」

「ええ」


 フヨウとは、薄い花びらの、淡くて優しい色合いの花だ。 

 きれいな花だけれども、目立つ花ではない。

 それに、葬儀というフォーマルな場なのに着物ではなく浴衣だなんて。


「田中さんは、どうしてフヨウの花柄の浴衣に、アゲハチョウを選ばれたのですか?」

「あら、葵さん。良いことを聞いてくれたわ。それはね、もう既に亡くなってしまった、若い頃の夫との思い出だからよ」

「ええっ、ぜひ聞かせてください!」

「その話は僕も初耳です」


 田中さんは口では「やだわぁ」と言いながらも、嬉しそうに話す。


「まだ夫と一緒になる前にね、花火大会に行く約束をしたの。まだ花火の始まる前の夕方の時間だったんだけど、私の肩にアゲハチョウが停まって離れなくて。そしたらね、彼は『花と間違えてるんだろう』って言うの。『私の浴衣がフヨウの花柄だもの』と答えたら、夫は首を振るのよ。『お前のことを、美しい花だと勘違いしてるんだろう』って。キザでしょう?」


 話し終え、バッグから扇子を取り出して仰ぐ田中様。


「わぁ、ロマンチックな旦那様ですね!」

「でも、田中様は嬉しかったでしょう?僕、そんな素直な旦那様のこと、素敵だと思いますよ」


 社長が優しげに伝えると、田中様は高らかに笑う。


「……あら、話していたら、もうこんな時間に。また相談に来るわね、ごきげんよう」

「あの、田中様、まだコーディネートの提案をお伝えしていないのですが」

「いいのよそんなのいつでも。しばらく私は生きるつもりですから、ほほほ」


 レースのたくさん着いた白い日傘を差し、田中様はお帰りになられた。


「全く、賑やかな方です。コーディネートの案も聞かずに帰られ、何しにいらっしゃったのでしょう。しかも、またいらっしゃるなんて」


 社長は、大理石のテーブルに置かれた資料を束ねながら呟く。


「多分、田中様はコーディネートにすごく拘りがある訳じゃなくて、話を聞いてほしかったんじゃないかな。旦那様との思い出とかをよく話した上で、コーディネートに反映させたかったとか。……社長?」 


 社長はほんの一瞬だけ思い詰めたような表情をし、社長が別人のように見えた気がしたので、少しだけ心配になった。


「そんな……僕が親身になって女性の話を聞いたら、皆さん惚れてしまうではないですか」


 そう言って鏡を取り出す彼は、私の知る彼だった。

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