第16話 お菓子の家は永遠の夢

 夏の暑さも和らぎ、徐々に日暮れが足早になる頃。

 幽霊保護課のドアをすり抜け、やってきたのはふくよかな中年男性の幽霊だ。

 彼にとって外は相当暑かったらしく、灰色のシャツにはシミができている。


甘糖あまとう 正義せいぎさん、ですか。あなたの未練はお菓子の家に足を踏み入れることですって?」


 社長は目の前にいる幽霊に話しかけると、甘糖さんは丸い顔に人懐っこい笑顔を浮かべて頷く。


「ウケるな、死因は糖尿病なのに、まだ甘いの食べるのかよ」 

「ははは、糖尿病だと酷い食事制限があるんだ。でも、食べたいものを思う存分食べて亡くなるなら、それはそれで幸せな人生だと思って割り切った。お菓子の家に入れたら、もう思うことなくこの世を去れるよ」

「こらっ、本当はもう、ここにいてはいけないはずの方だってこと忘れてるだろ」


 爆笑している白亜さんにつられて、くしゃくしゃな笑顔になる甘糖さんに、ついほっこりしてしまう。

 お菓子の家って、子どもの頃は考えただけでワクワクしたなぁ。

 

「お菓子ハウスの完成は僕も興味あるのですが、人が入れる程の大きさのものを作るには、コスト掛かりすぎデス。また、技術のある人を呼ぶとなると予算オーバー、怒られる……」


 ジュディさんはおおよその見積もりをし、電卓を叩いては頭を抱える。

 社長はリップクリームを塗りながら提案する。


「お菓子の家じゃないけど、お菓子で囲まれた部屋なら案内できますが、それでも良いですか?」

「ぜひ! お菓子に囲まれるだなんて、夢のようだ!」


 嬉しそうにはしゃぐ甘糖さんを、社長は案内する。

 到着したのは、「防災課・災害対策備蓄室」。

 許可を取って備蓄室のドアを空け、社長は壁面を指差す。

 段ボール箱には、「乾パン・クラッカー」と書かれている。


「ほら、お菓子がたくさん。こんな乾パンにクラッカー、一生かかっても完食できませんよ」

「お菓子じゃないよぉ、僕が言ってるのはチョコレートとかポテチとかの王道のお菓子だよ」


 落胆する甘糖さん。 

 確かに、乾パンもクラッカーも、チョコレートやポテチに比べたら味気ない。


「そうだ、葵ちゃん。何となくだけど、こういうのセンスありそうじゃん。予算が許す限り、やってみてよ」


 白亜さんに話を振られて、慌ててしまう。


「予算はいくらなのですか?」

「幽霊1人につき、購入できる消耗品は2万円だよん」


 安いのか安くないのか分からないが、2万円でまともに人が入れるお菓子の家を作るだけのお菓子を買えるはずがない。

 それどころか、お菓子にびっちりと囲まれた部屋を作るのも不可能だ。

 でも、やるしかない。


********************


 社長と一緒にスーパーのお菓子コーナーを梯子はしごし、様々なお菓子を買い込む。

 100円ショップにも寄り、凧糸たこいとやセロテープなどの文具も買う。

 両手いっぱいにお菓子の入った袋を持ち、お菓子の家を作る作業を始める。

 

「何だか、学生の文化祭みたいだね。社長は文化祭で模擬店とかやったの?」

「ええ、僕のクラスは唐揚げを出しました」


 社長がお揃いのクラスTシャツを着て、クラスメイトと一緒にワイワイと唐揚げを揚げたり、売ったりしている姿が全く想像できない。


「え、社長も唐揚げを揚げたの?」

「いえ、髪に油の臭いが着くではないですか」

「売り子だったの?」

「いえ、僕が売り子なんてやったら、女性客が行列を作ってしまってすぐに在庫がなくなってしまうではないですか」

「じゃあ、何してたの?」

「鶏肉を見つめていました。僕の美しさを生肉が感じ、より美味しくなるようにと。お陰で、僕のクラスの売上は良かったですよ」


 つまり、何もしていなかったのか。

 学生時代の社長が、家庭科室で鶏肉を1人でぽつんと凝視している姿を想像すると、笑えるような、一周回って悲しいような。

 彼は、周囲から浮いていたのかもしれない。

 何より、学生時代からナルシストだっただなんて、強すぎる。


 板チョコレートにテープで縦に凧糸を貼り付ける。

 隣合ったチョコレート同時も、横に凧糸で貼り付けて繋げていく。

 これを何度か続けていくと、ペラペラでヤワではあるけれども、ドア1枚分ほどの大きなチョコレートの壁が出来上がる。

 

「葵さん、これでチョコレートの棺でも作るつもりですか?」

「棺もアリかもだけど。これをもう3枚作って、四角形になるように天井から吊して組み合わせたら、空間になるかなと思って」

「チョコレートハウス! ドリーム、膨らみマスね。待合室で待機してる甘糖さんを呼びに……オウマイグッネス!」


 ジュディさんの叫びに振り返ると、背後には甘糖さんが食べ散らかしたチョコレートや、飾り付けに使うはずだったクッキーやグミ、お煎餅せんべい空袋からぶくろが転がっている。


「あはは……1つだけ、と思って摘まみ食いしていたら、あともう1つ、最後にもう1つだけ……と、手が伸びてしまったよぉ」


 係のメンバーににらまれ、縮こまる甘糖さん。

 予算ぴったりで計算して購入したから、残りのお菓子で完成させるしかない。

 もうアイデアも思い浮かばないし、どうしよう。


「葵ちゃん、麗、お疲れ様。後は俺とジュディが引き受けるから、2人は甘糖さんがお菓子食べないようにしっかり見張ってて」


 白亜さんはお得意のウィンクをする。

 あの2人で、どんな作品を完成させのだろう。


「コンプリート!」


 30分くらいでジュディさんの声が聞こえる。

 部屋に入ると、チョコレートが一列、また一列と空間を空けて吊り下げられている。

 ペラペラの壁になるはずだったチョコレートで、スカスカの空間が出来ていた。

 これは……お菓子の家ではない。

 お菓子の牢獄ろうごくだ。


「お菓子の食べ過ぎで逮捕デス」


 ジュディさんは甘糖さんをお菓子の牢獄へと導く。


「イメージと違うけど、テンション上がってきたぞ!」


 甘糖さんは楽しそうに入っていく。

 白亜さんは、チョコレートのおりの隙間から、小分けの飴が連なって一つのロープ状になっているものを彼に差し出す。


あめむち、ってか、飴の鞭」

「わぁぁ、これこそ、お菓子に捕らわれた僕の最期に相応しい! なんて幸せなんだ!」


 甘糖さんは、満面の笑みを浮かべて消えていった。

 成仏できない幽霊と聞くと、おどろおどろしい怨念おんねんのイメージだったが、何だか今回の彼は、微笑ましい幽霊だ。

 

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