第7話 デザートの様に甘い人生設計

 こってりと重たいフレンチとは逆に、華菱社長のプロポーズは羽のように軽い。

 運ばれてきたタルトも紅茶も、こんな衝撃的な話を聞いたから味がない……訳がなく、美味しいものは間違いなく美味しいのだ。


「僕も、縁談を持ちかけられることはあるのですが、苦手で。というより、興味が無いんですよね」

「結婚に?」

「ええ、気にかけるのは僕の美貌だけで精一杯なので」


 ここまでくると、降参こうさんとしか言えない。


「でも、家族は世間体を気にし、業界関係者やお得意様は僕を放っては置かない。だから、表面上は無難につくろうのです」

「うっそ、社長ってナルシスト隠せるんだ!」

「ナルシストではなく、実際に僕は美しいではありませんか」


 むっとした表情となり、社長の白い顔に赤みが差す。


「デートを重ねた女性達に言われたのです。『麗さん、何か隠してますよね』と」

「それで?」

「だから僕は湧き出る美しさを、感情を、惜しみなく表現したのです。丁度ちょうど、貴女の目の前での僕の振る舞いですね。すると、皆様は僕の美しさに圧倒あっとうされてしまい、急によそよそしくなってしまうのですね」


 困ったものです、と深いため息をつく。

 

 それって、率直に言うと、ドン引きされてるってことよね。

 私は、社長の行いを思い出す。


 自分の美しさに見とれ、服を着替えるのに20分もかかる社長。

 「オウ……セクスィー♡」の妙にネイティブのような発音が頭から離れない。 


 私の場合はいきなりナルシストモード全開だったし、仕事関係と割り切っていたから冷静に対応できた。

 しかし、結婚相手としてお会いし、最初にまともな姿を見ていたら、その変貌にショックを受けたかもしれない。


「それに、僕の仕事は家を空けることも多い。それも、結婚に踏み切れない理由の一つです」

「そこは納得かも」

「しかし、僕にとってこの仕事はかけがえのないもので、手放す訳にはいきません。そんな思いでいたところ、貴女と出会うことができました。話を聞けば、貴女も同じような悩みを抱えていた様ですし」


 社長の表情は真剣だ。


 背伸びして着飾ることなく自然体でいられる関係。

 社会や周囲からの結婚に対する圧力への嫌気。

 仕事(いや、彼の場合は自らの美貌)が最優先。


 確かに、社長と私は互いの条件にぴったりと一致している。

 でも、こんなに会ってすぐにプロポーズって。


「気持ちは嬉しいけど、こういうのって、まずは何度かデートして、お互いを知ってからというか」

「その過程に、何の意味があるのです? 貴女は僕の、ありのままの性格を知っている。それに、貴女も僕の前で自然体として振る舞ってくれているではないですか」 


 社長のまっすぐな眼差しに、はっと気が付く。


 デートをして、いくら分かったつもりでも、本当の姿をさらしたら別れを告げられる。

 そんな偽り合った時間を重ねても無駄だって、私もついさっきまで思っていたのに、いざこのような場面になると常識にとらわれてしまった。


 華菱社長も、私と同じだったんだ。

 私は、自分のことを棚に上げていた。


 すぐには言葉を発することができず、空になったタルトの皿を現実逃避するように見つめてしまう。



 社長は、紅茶の入ったティーカップを持ち上げる。


「驚くのも仕方がないですよね。でも、僕は早めに伝えたほうが良いと思いました。採用された後しばらくして、僕にプロポーズされたら余計気まずいでしょう?」

「た、確かに」


 逃げられない感が半端ないよね。


「今でしたら、断ってもらっても、冗談だったということで仕事のパートナーとしてやっていけますから」

「……ってことは採用なの?」

「ええ、午後に面接を予定していましたが、もう十分すぎるほど適正があることが分かりましたから。十分に、この業界で活躍していけると思います。後はこちらの仕事内容を説明し、納得して頂けましたら即採用ですよ」

「本当に⁉」


 社長は天使のように微笑む。


 お父さん、やったよ! 

 トウキョウでも私の実力は通用するみたい!

 後は……このプロポーズだよね。 

 社長は本当に真剣に考えてるみたいだし、条件にはぴったりだし。

 ナルシストなだけならいいけど、この人は私のすっぴんを見て幻滅しないだろうか。

 社長も本性をさらけ出したのに、私が隠してるままなのは卑怯だよね。

 頭の中でいろいろな考えがぐるぐると巡る。


 社長は、思いついたように話す。 


「いきなり籍を入れるというより、婚約という形からでどうですか。これは、互いの利益のための形だけの契約婚約です」

「契約……」

「互いにやっていけないと感じたり、何か不都合があったりしたのなら、婚約破棄にすればいい。愛が芽生えなくても世間からの結婚プレッシャーの隠れみのにはなりますから。跡取りの子どもについてはどうとでもなりますからお気になさらず」

「でも一緒に一つ屋根の下で生活ってことはいろいろ気を遣うような……」

「一緒に生活といってもローズガーデンと執事付きの豪邸ごうていですので、プライベートな空間も守られます。貴女が家事をやる必要もないのでご安心ください」


 執事付きの豪邸! 

 ローズガーデン!

 家事をやらなくて良い、首都トウキョウでのお嬢様生活!

 漫画に出てくるような燕尾服えんびふくを着た執事が、ローズガーデンでティーポットを持ち上げ、高い位置から紅茶を注ぐシーンを思い浮かべる。

 執事は美少年や美青年に従えるって、都市伝説じゃなかったのね!

 仕事に恵まれただけではなく、プライベートもこんな好待遇こうたいぐうだなんて。


 ……よし!

 条件により傾いたのは否定できないけど、私もこの話、真剣に向き合わないとね。


「社長、どうしても、許可を得ないといけないことがあるのです」


 棺コーディネート華菱の会社に戻るなり、私はお手洗いに駆け込む。

 洗面台の前にて、思いっきりメイクを落とす。

 余所よそ行きの服装とは合わない、特徴のない顔つき。

 ……社長、私のこと、分かるかな。


 彼は、女性の容姿にも厳しいのだろうか。

 縁談のお相手って、やっぱりきれいな人なのかな。

 すっぴんを見せて、幻滅されたら、付き合いが浅いとはいえどもショックだ。

 心臓が飛び出そうになるほどの緊張感。

 元交際相手達のひきつった表情や「騙された」と失望した声が脳内にフラッシュバックする。


 社長室の扉を開け、魂の叫びを訴える。


「社長! これが私の本当の姿で! 本当は! この姿をさらす度、元交際相手とは音信不通!」


 社長は、私を見つめる。


「だから、何です」 


 社長は、意味が分からないといった表情をしている。


「え、メイク落としたんだけど。メイク前と後とで、詐欺だって言われてるんだけど」

「ああ、そうですよね。ところで、何か問題が?」 


 小首を傾げている。

 本当に、本当に問題にしていない。


「え、本当に、気にならないの?」


 華菱社長は頷く。 


「ええ、メイクを落としても、表情豊かな貴女のままですから」

「しゃ……社長! 大好き!」


 こんなことを言ってくれたのは社長が初めてだ。

 自然と目頭が熱くなる。

 この人、ただのナルシストだと思ってたけど、めちゃくちゃできた人間じゃないか!


「では、契約結婚成立ですね。分かっていると思いますが、僕は僕自身の美貌にしか興味がないので。自分を過大評価しすぎないほうが楽になれるかと」 


 うん、やっぱ、そうですよね、ナルシスト万歳ばんざいですよね。

 すっごい複雑な気分だ。

 だけど、なんか、すっきりした感じ。


 スマホに電話着信がある。

 お母さんからだ。


「どうぞ、遠慮なく出てください」

「失礼するね」  


 社長の言葉に甘えて通話ボタンを押すと、お母さんのむせび泣く声が聞こえる。


『葵、大変よ。おばあちゃんが危篤きとく状態で。今晩には危ないかもしれないみたいなの』

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