第4話 華菱の採用試験1日目

 待ちに待った、柩コーディネート華菱の採用試験。

 久し振りに着るスーツに身を包み、期待と不安を抱きながら、新幹線に乗ること約3時間。

 トウキョウ都・東京駅に到着する。


 うごめく人の多さに酔いそうになり、迷路のような巨大な駅で迷いそうになりがらも電車を乗り継ぎ、柩コーディネート華菱の会社のある赤坂駅に辿り着く。


 試験は2日間。

 1日目は技術・適正試験で、2日目は技術試験の続きと面接らしい。


 10時に柩コーディネート華菱のオフィス1階ロビーにて待ち合わせで、10分前に到着。

 赤坂で有名な大きなホテルの隣にオフィスを構えていたため、すぐに分かった。


 ドキドキしながら、正面入口から入る。

 ふかふかの絨毯じゅうたん

 慣れないハイヒールを履いた足が沈んでいく。

 上の階に繋がる螺旋らせん階段といい、エントランスにきらめくシャンデリアといい、まるで貴族の屋敷のようなオフィスだ。


 ロビーのソファで休んでいると、突然照明が暗くなり、ピアノ演奏の軽やかなメロディが流れる。


「えっ⁉」


 驚いていると、螺旋階段の上にスポットライトの光が充てられる。

 階段の踊り場には、黒いシンプルだけれども高級感のあるスーツを着こなし、真紅しんくの薔薇を自らの頬にかかげ、腰に手をあててポーズをとる男の姿が。


 うわぁ……なんかいろいろ、すごい。

 絶対に、絶対に、彼が華菱社長だ!


 華菱社長が、踊るようにステップを踏みながら階段を降りてくる。

 身長は180センチくらいはあるだろうか、すらりと背が高く、モデル顔負けの姿だ。


 部屋が明るくなり、ピアノ演奏が止まる。


「はじめまして。僕の名前は華菱はなびし れい。日本初であり、世界で1番美しい柩コーディネーターです」


 何事もなかったように、微笑む華菱社長。

 軽やかな薔薇の香水の香りが漂う。

 世界で1番美しいかは置いておいて、今までで1番強烈な自己紹介であるのは間違いない。

 これは私の緊張をほぐすために、あえてこんなことを言っているのだろう。


「はじめまして、漆原うるしばら あおいです。この度はお時間を設けてくださり、ありがとうございます」


 深々とお辞儀をすると、華菱社長はいやいやと首を振る。


「敬語、使わないでくださいね。貴女の普段の話し方でお願いします。これから、一緒に働くことになるかもしれませんので、出来るだけ互いに素の姿でいきましょう」


 華菱社長、優しい人の様だ。

 私は自然と笑顔になる。


「お心遣いありがとうございます。でも、そんな訳にはいきません」


 華菱社長は、いきなり険しい表情になる。


「敬語には人を美しくせる力があります。この空間で、僕以外が敬語を話すなんて、許しません。今度敬語を使ったら、試験不合格にしますからね」


 前言撤回。

 華菱社長は、変わった人だ。


 ロビー奥には、部屋がいくつもあり、そのうちの1部屋に案内される。

 華菱社長が扉を開けると、部屋の中央には黒い棺が置いてある。

 筆やシート、漆や金粉など、蒔絵に必要な道具も揃っていた。


「今から約3時間、13時までに、この棺に僕が満足するような蒔絵の装飾をしてください。センスは、貴女あなたに任せます。ただし、僕を驚かせるものでないと駄目だめです。時間になったらまた呼びに来ますので、その際は部屋から出てください」 


 華菱社長はそう言って部屋から出ていった。


 華菱社長が満足して驚く……かぁ。

 ペーパーに薔薇を描き、棺にその模様を写す。

 しかし、それで華菱社長が満足するとは思わない。

 華菱社長が喜びそうな蒔絵の棺。


 必死になって考える。

 スマホを見て、「今日の華菱」を過去に遡れるだけ検索する。

 これに何かヒントはないだろうか。

 考えている間に、時計の針は進んでいく。

 ヤバい、どうしよう。

 時間も無い。

 たったの3時間では、凹凸おうとつ螺鈿らでんを付けたりなど、どのみち細かな装飾そうしょくもできない。


 あ、でも、もしかして……!

 一瞬、頭にピンときたアイデアが浮ぶ。

 ふざけている、と怒られるかもしれないけれども、一か八かにかけてみることにした。

 細筆に漆を付け、作業に集中する。


 部屋をノックする音が聞こえるので外に出る。


「お疲れ様です。終わりましたか?」

「終わりました……じゃなくて、イエス! 完璧……かな」


 いけないいけない、敬語を使うところだった。

 華菱社長は満足そうに頷く。


「蒔絵は漆が乾くまで時間がかかりますからね。仕上げは明日してもらいましょう。出来上がりを楽しみにしてますね。午後からは適性検査です。休憩を取ってから、移動しますね」


 移動した先は、トウキョウ観光のガイドマップに乗っている昔ながらの遊園地。

 ゴーカートやジェットコースター、観覧車などのアトラクションがある。


「あの、華菱社長。適性検査って聞いたけど、何で遊園地なの?」


 私は恐る恐る聞くと、華菱社長は質問を無視して遊園地の解説をする。


「ここの遊園地って、昭和初期からあるんですよ。そんなところのお化け屋敷って、絶対にリアルだと思いませんか?」

「ああ、お化け屋敷」


 お化け屋敷って、見えちゃう人には見えちゃうって言うけど、私は全く霊感ないんだよね。

 

 お化け屋敷は今どき珍しく、歩いて進むタイプだった。

 奥に進むと、真夏の日差しが一気に消え去り、宵闇よいやみが広がる。

 テンプレートの昔ながらの音楽は特に無く、ポタポタと水が垂れる音や物が落ちるシンプルな音が、かえって不気味さを増長させていた。


 れ果てた笹の間から浮き出て、こちら近づく髪の長い女性の幽霊。

 骸骨がいこつはカタカタと動き、崩れ落ちる。

 最新の技術を駆使くししているというよりも、昔ながらの造りをそのままにしてあるお化け屋敷だ。


 傘のお化けが、目の前をぎりぎりで飛んでくる。

 随分ずいぶんとよく出来ているお化け達だ。


 華菱社長は、どうしてここに私を連れてきたんだろう。

 そして、どんな表情でこれらを見ているんだろう。

 隣にいる華菱社長を振り返って見ると、華菱社長は私を見つめていた。


「な、何です……いや、何?」

「怖くはないのですか?」


 華菱社長は、真剣に質問している様だった。


「不気味だと思うけど、別に……造り物だし」


 華菱社長は首を傾げる。


「造り物だから、ですか。では、もし彼らに、街中で遭遇してしまったら?」

「華菱社長、意外とオカルト好きなんだね」


 物語チックなことを口にする華菱社長が

面白くて、思わず笑ってしまった。

 華菱社長も、数秒遅れて笑い始める。


「貴女、なかなかやりますね」


 薄明かりのなかで端正たんせいな顔を歪ませたその笑いは、この屋敷のいかなるお化けよりも不気味だった。


 華菱社長の笑いの、本当の意味が分かるのはもう少し先の物語。

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