第5話 華菱の採用試験2日目(午前)

 柩コーディネート華菱の採用試験2日目。


 昨日、棺に蒔絵を施す作業した部屋に9時30分に入室し、10時に華菱社長が登場するまでに柩に最後の仕上げをする。

 余分な金粉を丁寧に布で払い落とし、完成品を眺める。


 華菱社長が満足するような棺の装飾。

 真剣にはやったつもりだけど、やっぱり、ふざけてるように見えるかな……。

 しかし、もう手直しもきかない。

 潔く、華菱社長の評価を待つしかない。

 腹をくくり、棺を見下ろし、仁王におう立ちする。


 ドアをノックする音が聞こえる。


「おはようございます。棺は完成しましたか。実は僕、完成品を見るのが楽しみであまり眠れなかったのですよ」


 華菱社長は爽やかな笑みを浮かべる。


「では、見せて頂きましょうかね」


 彼が柩に掛けられた布を取る。



 黒い棺に、大小いくつもの赤い薔薇と、ところどころに白い夏椿ナツツバキの蒔絵。


 そして、側面に「華菱社長♡薔薇投げて♡」という派手なゴシック体の金色の文字。


「……」  


 華菱社長は、棺をただただ眺めている。


「……」


 彼は、棺を見つめたまま、私に質問する。


「薔薇を選んだのは分かりますが、夏椿を入れたのは何故ですか?」

「夏椿は、私が社長に初めて会ったときのイメージ……で……。花言葉は、『愛らしさ』、『はかない美しさ』……」


 話していて、顔が火照ってくるのを感じた。

 もし男に生まれ変わったとしても、こんなことをサラッと言えちゃうようなキザな男性には私はきっとなれないだろう。


 華菱社長はこちらを見ず、棺を観察して次の質問をする。


「では、『華菱社長♡薔薇投げて♡』と表記してあるのは?」

「社長がアイドルだったら、ファンはこんな文字の入ったうちわを振って応援しそうだなぁと……。アイドル服とか、たまにはこんなファンサービス精神の溢れるコーディネートをしたら良いのかなぁと……」


 社長はガタガタと震えて、その場に座り込む。


 流石にやりすぎたか。 


「あの、ふざけすぎた……ごめんなさい」


 ああ、終わった。

 絶対にやらかした。

 華菱社長は、スマホを取り出し、電話をかける。 


権田原ごんだわらさん! 今すぐに僕の部屋から、アイドル衣装を持ってきてください!」 


 権田原さんって誰?

 それより、部屋にアイドル衣装があるってどういうこと?!

 すぐに、ドアがノックされる。


「ありがとうございます、権田原さん!」


 ドアが僅かに空き、その隙間から丁寧に畳まれた洋服が滑り込むと、すかさず華菱社長は受け取る。

 権田原さんの正体は謎のままである。


 華菱社長は私が同じ空間にいるにも関わらず、スーツを脱ぎ始める。


「百万ドルの夜景よりも価値のある、僕のありのままの姿はプライスレス!」

「ひええっ!」


 私は部屋の外に一目散に飛び出す。


 部屋のなかからは華菱社長の鼻歌やら独り言やらが聞こえてくる。


「何て美しい僕……」

「オゥ……セクスィー♡」

「美のき出る泉とは僕のこと」


 こ、これは……真剣に言っているのだろうか。

 そこら辺のお笑い芸人よりも面白いかもしれない。

 ガチの度合いが違いすぎる。

 聞こえてくる独り言に、笑いが込み上げてくるのを必死になって我慢する。


 華菱社長、着替えてる時間長過ぎない?

 20分くらいかかってるよね?

 このアイドル服、そんなに着るのが難しいの?


 部屋から大きなため息と、嘆きの声が聞こえる。


「美しすぎる僕にまとわれるのを、服は拒んでいる。僕が着たら、服が霞んで見えてしまうのを恐れているのです」


 独り言から、まだ服を着てない事実が発覚。

 いつもそんなことを思い、心を傷めながら彼は服を着ているだなんて。

 なんて生きづらそうなんだろう。

 いや、一周まわって人生イージーモードか。 


 私は、ドアの向こうに向かって全力で叫ぶ。 


「美しすぎる社長に着てもらえて、生まれてきて良かったって服が言ってるッ!」


 30秒後、ついに内側よりドアが開く。

 無事、海軍の白い制服をイメージしたようなアイドル衣装に身を包んだ華菱社長の姿が。


「すごい! 似合う!」


 部屋に入り、空空そらぞらしい歓声をあげる私を、華菱社長はじっと見つめる。

 似合うのは確かだが、似合い過ぎてまるでアイドル系アニメのキャラクターみたいだ。

 一歩、また一歩と彼が迫ってくる。

 その分だけ、私は後退あとずさる。


「えと、これは……」


 壁の隅にまで追いやられる。

 華菱社長は、右手を壁に突き、私の顔を覗き込む。

 彼の真剣な表情。

 近くで見ると、思っていた以上に睫毛まつげが長い。


 えっ、待って!

 これって壁ドンってやつ?

 ドラマだと、この後「好きだ。俺のものになれよ」とかイケメンに言われちゃう展開だよね?! 

 社長、もしかして私のこと……!

 自身の鼓動が自然と速くなる。

 華菱社長は、唇を微かに動かす。


「この位置で、棺に眠る僕の写真を撮ってください」

「へ?」

「貴女の立つ位置、ここに置いてある棺が1番美しく撮れる場所なんです」


 華菱社長は、横のテーブルに置いた一眼レフカメラを私に託した後、すぐに棺に横たわる。


 び、ビックリしたー!

 わざわざこの位置に移動させるために壁ドンしたのか。

 もしかしたら私のことを好きになっちゃったのかもしれない、だなんて一瞬でも思ってしまった自分を殴りたい。


「はい、チーズ」


 半ば投げやりに写真を撮る。


「写真確認する?」 

「いや、全てのポーズを撮り終えてからです」


 社長は目を閉じたり、祈りを捧げたり、薔薇を抱えるようなポーズをしたりする。


「では、この辺りで撮影を終了しましょうかね」


 100枚ほど写真を撮り終え、ようやく社長から許しが出た。 


「写真を見せてください」


 棺から上半身を起こした社長にカメラを渡すと、早速写真を確認する。 


「『地球を滅亡へ導く美しすぎるアイドル・華菱 麗』として写真集を出せるレベルですね」


 自らの写った姿を満足そうに見つめている。


 これは……満足してくれたのだろうか。

 彼、私の作った蒔絵の棺の作品というより、自らに対して絶賛してるよね?


「あの……華菱社長、私の作品の感想は?」 


 華菱社長は美しすぎる笑みを振りかざす。 


「アイドル衣装って、少々やり過ぎかと思って踏み切れずにいたんですよ。着たい、でも……と悶々とした日々を送っていたのですが、貴女が後押ししてくださったお陰で念願の撮影が出来ました! 感謝致します!」


 と、とりあえず、「社長が満足する・驚く」という点はクリアで良いのかな?


「写真撮影を2時間も行っていたので、もうランチのお時間になってしまいました。勿論、僕がご馳走します」

 

 まだまだ試験が終わった訳じゃないから気を抜けないけど、ランチは楽しみ!

 どこに連れて行ってくれるんだろう。

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