第36話 警察官
春の強風に、宮古さんの黒ワンピースの裾がなびく。
「まだ華菱家が近くにおりますので」
麗のうんざりとした表情に反し、宮古さんはけろっとしている。
「はいはい、私は華菱家関係者とは縁を切られた存在ですものね」
「宮古さん、それってどういうことですか?」
とっさに私は口を挟んでしまう。
「私、麗様のいとこです。麗様のお父様のお姉様が、私の母ですので」
宮古さんは鳥籠の麗子ちゃんの前で微笑むと、麗子ちゃんはいつものようにかわいらしい鳴き声をあげる。
「ゴキゲンヨウ! ウツクシイ!」
華菱家の車が動き出し、ルカさんのお墓を後にするのを確認してから、宮古さんはお墓の前で手を合わせる。
名残惜しそうに見つめてから、私達の元へと戻る。
「あの、どうして漆原さんがここに?」
きょとんと小首を傾げる仕草が小鳥のような宮古さん。
彼女、ひょっとして私が麗の婚約者だと知らなかったのだろうか?
「僕の婚約者ですので」
「え!? 婚約者!? 麗様、おめでとうございます! どうして報告してくださらないの!?」
げんなりとする麗に、ぱあっと明るくなる宮古さん。
「貴女は、華菱家とは極力関わらないようにって言われているでしょう」
「もう、酷いですこと。いくら華菱家が大手ホテル経営、奥様は大手美容クリニック経営だからってそんな……」
「危険な因子は極力排除したいのでしょう。事件になったら、マスコミに叩かれるのはこちらなのですよ。貴女、いつ犯罪を犯してもおかしくないですから」
「私はただの恋する乙女ですわ」
「恋する乙女はサイコパスの間違いだと思うのですが」
どうやら私は宮古さんに対しても大きな誤解をしていたようで、赤面しそうなくらい自分の妄想が恥ずかしい。
宮古さんの失恋相手は、麗ではなかったのだ。
でも、麗ではなかったにしても今のやりとりや、以前宮古さんが話していた「前回同様、彼の前から姿を消すことになる」という発言は不穏で、詳しく聞くのは
「私、漆原さんとガールズトークしたいですわ。もしこの後、お時間があれば着替えてから銀座付近でティータイムしながらお話しましょうよ」
宮古さんは私の手をとって、きらきらとした目をしている。
せっかくお誘いしてくれているし、仕事関係で関わるとなると仲良くしておく方が良さそうだし、本音を言うと宮古さんのことがいろいろ気になる。
ちらっと麗を見ると、やはり困惑している。
「葵さんの自己責任で。でも、彼女から異変を感じたら、すぐさま離れてくださいね。関係者だと周囲に絶対に悟られてはなりません、絶対に。僕は帰りますからね」
麗はめちゃくちゃ念を押すが、宮古さんとのお茶を一応許してくれた。
********************
宮古さんのおすすめのお店に案内される。
フランボワーズ、バニラ、スミレなどのカラフルなマカロンと紅茶を扱ったティールーム。
店内も、ピンク色の壁に白テーブルとロココ調で統一され、お姫様の部屋みたい。
リボン付きブラウスに、花柄膝丈スカートの宮古さんの雰囲気にぴったりだ。
アンティーク風なティーカップに、薔薇とライチのブレンドティーを注ぎ、桜味のマカロンを頬張る。
「宮古さん、失恋は大丈夫ですか?」
「はい、諦めましたわ。お二人が幸せそうな姿を見ていると、私の入る隙などなくて。だから、最推しするのをやめ、これからは別の方を探そうと思いまして」
「推しって、アイドルみたいですね」
「ええ、見てください。ご存知かもですが……」
宮古さんが小さな鞄からポストカードを取り出す。
ポリス制服姿の、黒髪オールバックのクール系な二次元イケメンが描かれていた。
「え……? 絵?」
「『警察官の王子様』の
宮古さんは切なげに頬を赤らめている。
まさか、宮古さんの好きな方って二次元だったなんて。
「警察官の王子様は、シーズン1から追いかけていて、彼が新米警察官時代からのファンでしたわ。当時鳩部様には婚約者がいたのですが、事件で何者かに殺されてしまったので、犯人を探すために鳩部様は奮闘していましたの。そんな彼を支えていたのは私だと思っていましたが、シーズン8になって、鳩部様にじわじわと近付いた同僚が婚約者になってしまって。鳩部様は……」
なんだ、宮古さんの不吉なセリフはアニメのストーリーからだったのか。
がっくりと力が抜ける。
マシンガントークでお会計まで永遠に話す宮古さんにたじたじになるが、悪意がありそうなかんじはしなかった。
店を出て、宮古さんと並んで歩く。
交番の近くを通り過ぎると彼女ははっと息をのみ、急に真剣な表情となる。
「漆原さん、私はやることがありますのでここで失礼しますね」
「はい、お気をつけて」
宮古さんは来た道をUターンし、交番の近くの植木に隠れる。
様子がおかしく心配なので、遠くから見守る。
宮古さんは鞄から双眼鏡を取り出し、交番のなかを覗いて息を荒くしている。
彼女を不審に思ったのか交番から黒髪オールバックの男性警察官が現れる。
宮古さんがダッシュで逃げ出すと、警察官は声を張り上げて彼女を追いかける。
「挙動不審なあなた、待ちなさい!」
「これからは三次元を愛すわ! 鳩部様似の警察官のお兄様、愛の力で私を捕まえて!」
満面の笑みで嬉しそうに叫びながら猛スピードで走る宮古さんとすれ違い、麗が恐れる意味が分かった気がした。
私の想像とは違ったが、恋する乙女はサイコパスなのは間違いなかった。
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