第54話 香水(麗の視点)
「ちょっと。これ見てよ、めっちゃでっかい犬! 見て見て見て! あっちにはニコニコ顔マークのパイがある! うっわ、サングラスの金髪イケメン発見! あのショップに売ってるTシャツ、やっばーい」
オーストラリアに到着してから、矢切さんは目に入るもの全てに興奮し、次から次へとはしゃぎっぱなし。
彼女は姉であるルカに対して文句を言いに来たのですが、すっかり観光気分でハイテンションです。
葵さんとここへ来たとき、彼女は食べ物のことしか目がなかったなぁと思い出しながら、鏡で自らの美貌をチェックします。
自然と唇に笑みが浮かぶのは、相変わらず僕が美しすぎるからでしょうか。
それとも、心細いなかに彼女を思い出して安心したからでしょうか。
「幽霊になっても、好奇心旺盛ですね」
「初めての海外なんだよね。幽霊になってからってのが笑えるんだけど」
弾んだ声の矢切さん。
今は機嫌が良いが、姉を目の前にしたらこんな状態ではいられなくなるでしょうに。
「もうすぐ、姉の住む家に着きますから。僕は陰で見守るだけですからね。本当に、文句を言うだけで気が済むんですよね?」
「ひとまず奴の顔を拝んでやって、言いたい放題言ってやるんだから。あっ、どうせ見えないんだから、奴がどんな生活してるのか後ろで見てやろう。背後霊ってやつ? 怖がらせるのもありだよねー」
クックックと意地悪そうに笑う矢切さん。
「悪趣味ですよ。昔の恋人の想い人につきまとうより、揺るがない何かに執着する方がよろしいかと」
「華菱さん、カッコいいこと言うね! ちなみに華菱さんの揺るがない何かってどんなの?」
「そんなの、僕の美しさに決まっているでしょう?」
「華菱さん、ギャグセンス高くね?」
当たり前のことを伝えただけなのに、何がおかしいのか、矢切さんは品の欠片もなく笑っております。
これだから、美的センスの低い方と行動するのは疲れるのですよ。
ポケットより、香水瓶を取り出して自らの首筋にワンプッシュ。
気高き薔薇の香りです。
香はやや強すぎて、むせかえりそうになる。
緊張を和らげるとき、僕は香りを味方にします。
香水だったり、時に生花だったりですかね。
強めの香りが嫌な感情や出来事から、自分を包み込むバリアになってくれそうな気がするのですよ。
いくら姉が幽霊の矢切さんの存在は認識できないとはいえ、目の前で罵ろうとしているのを見守るのは心苦しい。
今までの話を聞いているので、矢切さんの辛い気持ちも分かります。
そして、その訴えが相手に届かないもどかしさも。
姉宅が見える。
庭のテラスにてマグカップを置き、優雅に読書する姉を発見。
薄手のニットワンピースに、ブランケットを肩から羽織っている。
権田原さんと、葵さんも含めて4人で座って話した光景が脳裏にちらつきます。
僕はとても後ろめたい気持ちになり、とっさにフェンスに隠れてしまう。
「あれって、もしかして」
海外旅行気分で機嫌の良かった矢切さんは、声色が低くなる。
「姉です。真人さんの元婚約者で死亡したはずのルカですよ。文句言うだけ言って、すっきりしてとっとと成仏してください」
「なにその腫れ物扱うみたいな態度。あー、整形後の私にそっくり。私があの人に似たんだけどね。ああ、むかつく!」
矢切さんは世にも恐ろしい形相で姉に近づく。
足がないのに、ドカドカとした足音が聞こえてきそうなくらいの勢いです。
「ちょっと! あんたがルカね! うぁっ、めっちゃ臭いんだけど!」
矢切さんは露骨に鼻をつまむ。
姉は驚いたように顔を上げる。
「はい、ごきげんよう。ピオニーの香水、付けすぎてしまったかしら」
姉は矢切さんの瞳を見て挨拶をすると、矢切さんは不意をつかれた表情となる。
矢切さんのことが、姉には見えているのでしょうか?
ちなみにピオニーの香水は権田原さんとお揃いの香りです。
「私とそっくり。よろしければ、こちらに座ったらどうかしら?」
やはり、姉は権田原さんと同じく、幽霊がはっきりと見えてしまう体質でした。
見えすぎてしまい、足のある生きた人間だと思ってしまっている様です。
逆に、幽霊である矢切さんにとっては霊感のある体質の姉はひどく臭うのです。
矢切さんは予想外の展開に涙目となり、フェンスに隠れる僕へと怒鳴る。
「華菱さぁん……ヴッ……。臭すぎて話、出来ないよ!」
「華菱?」
姉の顔が険しくなる。
僕は
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