第58話 コンビニ(麗の視点)
ホテルのラウンジ入り口に置いてあるメニューを見るルカお姉様。
「今日は、シャインマスカットのショートケーキですって。由香さんは何にします?」
お姉様は矢切さんのいた場所を振り返るが、彼女の姿は消えていた。
「あれ、由香さんはどこに行ったのかしら?」
きょとんとする姉に、咳払いをひとつ。
「お腹痛くてお手洗いにでも行ってるんでしょう」
「まぁ、様子を見に行った方がいいかしら」
「大丈夫だと思いますけど」
「そんなこと言わないの!」
お姉様はぴしゃりと言い放ち、女性用お手洗いへと駆けていくので、ロビーにて待つことにします。
矢切さんがどこに行ってしまったのかは分かりませんし、見つかるはずもありません。
おそらく成仏してしまったのだと思いますが、今までの幽霊の成仏の様子とはどうも違和感があるのがひっかかります。
仕事のことはさておき、葵さんに帰ってきたことを連絡しなくては。
スマホで彼女に連絡しますが、コール音が鳴るのみ。
今日は幽霊保護課も休みですし、棺コーディネート華菱も休みにしてあるので、仕事で出られないことはありません。
お姉様が切羽詰まった表情で僕に近づきます。
「急用ができたの!」
一言伝えて去りました。
何事なのでしょうか。
気になりますが、あまり干渉すると鬱陶しいと思われてしまいますので、手を振って見送ります。
僕は家に帰り、葵さんに会いに行こうかと。
********************
久しぶりの屋敷に帰ります。
権田原さんの強い願いで彼を解雇してしまったので、一人で鍵を開けます。
新しい執事も早く雇わないとですね。
扉を開け、葵さんの部屋をノックします。
「葵さん、葵さん」
応答がありません。
ドアノブを握ると、すっと扉が開きます。
ベットには彼女の姿はありません。
僕達は、必要な時以外は互いの部屋に入らないようにしています。
葵さんは一度僕の部屋に入ったことがありますが、逆に僕は彼女の部屋に入ったことがありません。
物珍しさもあるのと、彼女は今外出中なのか、家にいるのか調べるため、失礼だと思いながらも葵さんの部屋を見てしまいます。
コンセントに充電器がささったままのスマホ。
ソファーには脱ぎ捨てられたパジャマ。
メイクドレッサーの前は、使い捨てのふちのくっきりとした茶色のカラーコンタクトレンズが片目ずつ。
そして、使用前のコットンや綿棒がきれいに並んでいます。
この様子だとメイク前なので、そう遠くには行っていないか、家のなかにいるのでしょう。
自室以外で葵さんがいるとしたら、麗子ちゃんのいる部屋でしょう。
麗子ちゃんの部屋に向かい、声かけをする。
「麗子ちゃん、ただいま戻りましたよ」
彼女は愛くるしい瞳で僕をちらりと見て、小首を傾げます。
「レイコチャン、オハヨー。ウワッ、クジスギ! コンナジカンマデネチャッタヨ。オナカヘッター。コンビニデアサゴハンカッテコヨー」
麗子ちゃんはもの覚えが非常に良いので、周りの人間の会話をよく覚えています。
葵さんが独り言でも言ったのでしょうか。
しかし、彼女が朝の9時に起きてコンビニに行ったとして、現在は午後2時30分。
こんなにコンビニに長居なんてしないでしょう。
たまたま知り合いとばったり会って話が盛り上がり、カフェにでも行きました?
いや、彼女はすっぴんなので誰かに会ったとしても、徹底的に自分だと悟られないようにするでしょう。
まさか、誰かに人質として連れ去られたなんてことはないですよね。
自分でも馬鹿げた考えだと思い、笑い飛ばしましたが、一瞬でも思い浮かんだ考えが不穏に脳内に残る。
気が付いたら、僕は家から一番近いコンビニへと駆けてしまいました。
葵さんの姿はありません。
眼鏡をかけた、真面目な学生風の女性店員さんが商品を棚に並べています。
「すみません。探し人がおりまして。こちらの映像を確認しても良いですか?」
防犯カメラを指差す。
「申し訳ございません、それはできかねます」
困った顔をしてお辞儀する彼女に、僕は持って生まれた美しさ1000パーセントの魅力を放出し、憂いを帯びた眼差しと悩ましげな眉を演出。
片手で髪をあきあげ、薔薇の香水が香るように仕向けます。
「やっぱり、ダメですよね……」
美しさが最大限の状態で懇願すると、彼女の頬はみるみるうちに赤くなります。
「絶対、絶対私が見せたって秘密ですよ! 今回だけですからね!」
葵さん、婚約後に僕の美しさを他の女性に発揮してしまったことをお許しください。
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