第59話 地雷

 小鳥の鳴き声しか聞こえない、静か過ぎる山奥の別荘。

 ジュディさんは相変わらず気を失ったまま。

 彼が起きるまでの間、不自然にならないために真人さんと細々と会話をするしかないが、どの話題が地雷なのかが分からないために自然と口数が少なくなる。

 

 そんな私の気持ちを踏みにじり、真人さんは返答に困る質問をする。


「ジュディとは長らく一緒にいるけど、彼の女性の好みは分からなかったよ。ジュディのどこが好きなの?」


「ええ、ええと。無邪気で飾らないところですかねぇ」


 仕事のためとわざとついた嘘だが、なかなかに苦しい。

 

「ジュディは素直だもんね。不器用で空気の読めないところはあるけど、いいやつだよ。大切にしてやってね」


「はい。ちなみに、真人さんはいつまでこの別荘にいらっしゃるのですか?」


「ああ、17時に母親とここで待ち合わせしてるから、それが済んだら帰るよ」


 真人さんの母親。

 純粋に、全くもって想像ができない。


「真人さんのお母様はどんな方ですか?」


「一言で言って、ろくでなし。あんなのでも親だから、向こうから言われたら交流はするけど」


 ひやりと冷たく笑う。

 口元は笑っているが、目が鋭くなっている。

 早速、地雷を踏んでしまったみたいだ。

 麗のときもそうだけど、気軽に家族の話題をふってはいけないとあれほど反省したのに。

 なんて自分はアホなんだ。

 重苦しい淀んだ空気が漂う。


 扉がノックされる。

 助かった。

 この不穏な空気から、やっと開放される。

 正人さんが扉を開くと、麗の姿が。

 彼の瞳が大きく見開く。

 麗と目が合った瞬間、思わず声を上げる。


「麗!」


「葵さん! ところで、なぜ真人さんやジュデイもいるのですか」


 真人さん本人を目の前にし、尾行して遺体のありかを見つけようとしただなんて言えない。


「逆に麗は、どうしてここが?」


「葵さんの姿がなかったので、まぁ、いろいろとですね。それで、どうしてこんなところにいるんです?」


 麗の目つきが厳しくなる。

 本当のことを言ったら言ったでまた叱られるんだろうな。

 どちらにしても、真人さんの前では言えないことは確かだ。


 戸惑っていると、真人さんはおそるおそる尋ねる。


「麗様、ひょっとして彼女は婚約者の葵様ですか?」


「そうですよ」


「それはそれは。以前お会いしたときと、あまりにも似ても似つかないお姿でしたので分かりませんでした」


 ああ、心がえぐられる。

 真人さんは私をまじまじと見つめる。


「彼女は僕のルームメイトのジュディと浮気をしています。麗様はお優しいから彼女の顔には目をつぶって、性格を評価したのだと思いますけど、関係を考え直すべきです」


「葵さんがジュディと?」


 目を見開いて私を見る麗。

 嘘だ、これは嘘なんだよ。

 もう公務員の守秘義務とか幽霊保護課の事情とか放り投げだして、全てを伝えたい。


「麗様は容姿端麗ですし、家柄も良くて棺コーディネート華菱の創設者でお金もある。いくらでも女性なんて選び放題でしょう。婚約が決まったら早々に浮気をするし、こんなにひどいすっぴんの彼女と寄り添うメリットなど何もないと思います。彼女とはもう縁を切り、新しい婚約者を探したほうが良いのでは?」


 私とジュディがついたその場限りの嘘をついたことはさておき、信じられないくらい失礼極まりない言葉に、かっとなるのを感じる。


 麗は確かにお金持ち出し、羨ましいくらいの美貌だから女性にも人気があるのは間違いない。

 しかし、ナルシストすぎて自分しか愛せないという欠点がある。

 それは彼も十分に分かっていた。

 最初は、世間体を気にしての契約結婚だった。

 でも、麗は分からないけど、私のなかでは契約を抜きにしても、麗と一緒にいたいという気持ちが大きくなっていた。

 だから、メリットという話をされるのは不快だ。

 しかも、私を目の前にして容姿を悪く言うなんて!

 彼は、私の地雷を踏んだ。

 

 頭に血が昇る瞬間は、本当に一瞬。

 そしてその一瞬で、人生を棒に振る人が何人もいる。

 分かっていても、抑えられない衝動に駆られる。

 気がついたら、私はものすごい爆弾発言をしていた。


「決して浮気なんてしていない。あなたは何も事情を知らないくせに! 私達は仕事であなたを追っていたの! ルカさんがあなたから逃げたくなるのも分かるわ! 彼女が権田原さんに惹かれるのもね!」

 

 怒鳴り散らすと、涙が伝う。

 麗は無言で私に近付き、自らの胸に私を抱き寄せた。

 真人さんが口を開くと同時に、扉の鍵穴に鍵を押し込む音が響く。


「真人さん、ご無沙汰してました」


 扉から現れたのは、ルカさんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る