第57話 芍薬(由香の視点)

 ぐんぐん上るジェットコースターみたいなスリルを味わいながら、プライベートジェットは飛び立つ。

 窓からコバルトブルーの海にオーストラリアの赤い土や青々とした島が浮かんでは遠のいていくのは新鮮だ。

 

「ねね、幽霊だから安全ベルトしなくていいよね?」


 飛行機の座席に座りながら手鏡を見ている華菱さんに話しかけると、彼は眉間にシワを寄せながら短く溜め息をつき、ちらりと真人さんの元婚約者のルカに目をやる。

 彼女は疲れたのか、すうすうと寝息をたてて眠っている。


 ああ、ルカは私が幽霊って分かんないんだったわ。

 見えすぎちゃって普通の人間と区別がつかないみたい。

 まぁ、中途半端に霊感があって身体の一部だけ見えちゃうよりはマシかもね。


 それにしても、臭い。

 幽霊見える人間の臭いってキツい。

 幽霊って、苦労してたのね。


「お好きになさってください。それより、気持ちは落ち着いたんですか? いろいろと予想外のことが起こってしまいましたが」


「ホント、最っ悪。いろいろ思い出しただけでむかつく。なんならあいつと血のつながった華菱さんと話すのもたるい」


「わざわざこちらまで話しかけにきたのは貴女ですよ。不快でしたらこのまま飛行機の窓から飛び降りたらどうです? どうせ身体はないんですから。僕は飛行機内での乾燥対策に忙しいのですよ」


 華菱さんはポーチより機内持ち込み用の小さな瓶から、化粧水やら乳液やらシートパックやらを取り出して保湿をしている。

 美意識がパナイって話は彼のいとこ、かつ、アタシの上司、かつ、親友の桜っちから聞いていたけどね。


「はいはい、ストレスは美肌の天敵だもんね。私は大人しく座ってますわ」


 座席に形だけでも座る。

 シドニーから日本まで、飛行時間は約8時間。

 飽きるから、飛行機内に着いたモニターで映画観たりゲームしたりして時間つぶしてようかと思って画面をタッチするが、反応しない。


 幽霊だから、反応しないみたいね。

 ますます機嫌悪くなっちゃう。


 話し相手になってもらおうと思い、華菱さんのところに再び移動すると、彼は眠っている。

 天使が羽根を休めているみたいな寝顔だ。

 華菱さんといい、彼の姉のルカといい、360度どの角度から見ても隙のない美形姉弟だ。

 眼福だと思ったのは束の間。

 整形前の自分の顔立ちを思い出してヘコむ。

 

 アタシの周りの女子は、美形が多い。

 桜っちもかわいい顔立ちだし、華菱さんの婚約者の漆原さんも清楚な綺麗な人だ。


 昔から、自分がかわいいとか美人でないのは分かってた。

 男性はナチュラルメイクが好きって言うけど、結局それってもとの顔立ちが良くないとダメなんだよね。

 

 だからアタシは、派手な服に奇抜なギャル系のメイクを貫き、とにかく明るく軽く振る舞った。

 派手なのが好きなのもあるけど、本音はナチュラル美人さん達と同じ土俵で戦えないからなんだ。

 

 見た目が派手になったら、髪の明るい、ジャラジャラ鎖をGパンから垂らしちゃう系の男達に声をかけられた。

 チャラ男なんかにモテても、だなんて笑って友達に話しても、ホントはチヤホヤされるのって嬉しかった。

 

 喜びは束の間、付き合った人達には何度も浮気をされたし、男達は「つい出来心で」と言う。

 その相手の女の子って、決まって大人しそうな清楚なタイプだった。

 傷ついたから、アタシがフラれる前に、相手に対して少しでも違和感があったらフるようにした。


 ホントは、幼なじみでずっと気になる奴がいたんだ。

 ナヨナヨしてて、全っ然頼りがい無いんだけど、とにかく優しい。

 マイペースで鈍感な奴だから、分かりやすくアプローチしてたんだけど、のらりくらりとかわされちゃったんだ。

 彼も、やっぱりふわふわした雰囲気やきれい系の女の子が好きだったのかもね。

 

 自分を変えようと思って整形してみて、男性が思う「理想の顔」を手に入れたけど、全然幸せじゃなかった。

 後悔しても亡くなっちゃったんだから、仕方ないけど。


 考え事をしている間に、飛行機は着地の準備のため、急降下する。

 青い海、田舎の田んぼの風景が見えて地上へと近付く。

 日本に戻り、着地すると同時に華菱さんは私に声かける。

 

「長旅お疲れ様。ねぇ、ケーキ食べません?」


「はぁ?」


 何言ってんだコイツ。


「由香さんが元気ないから心配してるんですよ。葵さん……、漆原さんは機嫌が悪いときはスイーツをちらつかせると効果的ですので」


 聞いてないのにわざわざ言うだなんて、華菱さんはめちゃくちゃナルシストなのに、漆原さんが大好きなんだな。


 ああ、私もこんな風に愛されたいな。


********************


 華菱さんが連れてきたところは、アタシが最も思い出したくない場所。

 幼なじみのアイツ・の気をひくためにセッティングした、嘘の結婚式場。


「ここのラウンジのショートケーキ、果物のカットが大きくておいしいですよ」


 華菱さんの言葉は聞き取れたものの、罪悪感で頭がぼんやりとして聞き取れない。


 こころん、嘘ついて、ごめんね。


 ルカはアタシに近付く。

 ものすごく臭いなかに、ときどき香る軽くて、かわいらしいピオニーの香水。


 白いピオニーの花言葉は、幸せな結婚。


 こころんはもういないけど、せめても嘘が本当になるような素敵な相手と結ばれたかった。


 幽霊になっても、胸が苦しい感覚ってあるんだね。

 

 視界が崩れ、華菱さんの姿が、周りの風景が、歪んでいくのが分かった途端、アタシの意識はなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る