第56話 決意(麗の視点)
「ごめんなさい、お母様、お父様」
血の気のない表情の姉に、ジュディさんのご両親は首を振る。
「私達こそ、ごめんなさい。あなたが本物のジュディでないことくらい、はじめから分かっていたの。あなたは自由になったと言っていたけど、全然そんなことない。今度はジュディのかわりになるように、良い子として行動していたのも知ってるわ」
姉は再び両手で顔を覆う仕草をしようとするが、それより早くジュディさんのお母様が彼女に近づき、髪を撫でる。
ジュディさんのお母様の胸で泣き崩れる姉。
その様子を見に、矢切さんは鼻を手で覆いながらこちらに近付く。
「今更だけど、あなたの本当の名前は何て言うの? 私達に教えてくれる?」
「私はルカ」
「謝るのは僕達の方だ、ルカ。僕達夫婦はもともとジュディのことで喧嘩ばかりだったが、息子のジュディが飛び出してからはもっと頻度が多くなったんだ。あのとき、ママが女の子が欲しかったなんて言わなければって僕が責めてしまってね……」
しゅんとした表情のジュディさんお父様に対し、ジュディさんお母様は涙ながら声を荒げる。
「あなただって、ジュディが女装をしたり、引きこもっていたりしていたときに見てみぬフリをし続けたじゃない!」
「パパ、ママ、やめてよ!」
姉の言葉に睨み合う2人は我に返る。
姉は、本当の両親ではないのに今まで彼らをそう呼んでいた癖で出てしまった言葉に対して後悔の表情を浮かべる。
ジュディさんのお父様は咳払いをし、話を続ける。
「見苦しくて申し訳ない。こんなかたちで僕達は喧嘩していたが、ジュディが居なくなってから日が経つに連れて、あのときこうしていたらなんて言い訳はどうでも良くなった。ただ、1日でも早くジュディが僕達のもとに帰ってきてほしいって思っていたんだ」
ジュディさんお母様もぽつりぽつりと話す。
「ジュディに後ろ姿や背格好が似てる子を見ると、つい目で追ってしまったわ。でも、ルカほど似てる人はいなかったからつい声をかけてしまったの。絶対違うとは分かっていたけど、この子がうちのジュディだったらという気持ちでね。そうしたら、ルカは否定しないでジュディだって言うの。分かってたのよ、違うって。でも、嬉しかったの」
「僕もママがルカをジュディだと言い張っているけど、違うことくらい分かってたよ。でも、そんな嘘をつくくらいだから、ルカも相当な事情があるんだろうなと思ってね。一緒に住んでいくうちに、本当の家族みたいだって思ったけど、この生活がずっと続く訳にはいかないのも視野に入れていた」
ジュディさんのご両親は、本当にジュディさんを愛していたし、姉のことも心から大切にしてくれたみたいです。
「この前来ていたお友達もこんなに心配して、また遠くから訪れてくれたのね。ありがとう」
ジュディさんお母様は僕の手を取って微笑みますが、その笑顔が僕の立場としては歯がゆいのです。
僕はルカの友人ではなく、親族です。
あえてここではただ微笑んでおくのがベターでしょう。
「パパ、ママ。彼は私の弟なの。家族間でトラブルがあって家出しちゃったんだけど、きちんと話し合うために日本に帰るわ」
姉は意外にも、本当のことを話した。
ジュディさんご両親も頷く。
「まぁ、弟さんなのね。ここまで来てくれたなんて、本当に家族思いだわ。元通りの仲の良い家族に戻れるように、しっかり話し合ってきてね」
その言葉を聞き、姉の顔が一瞬陰る。
元通りの仲の良い家族。
それがイメージできないから、姉は苦しんでいたのですから。
「でも、辛くなったらいつでも戻っておいで。ジュディが帰ってきたときには、また考えるから」
ジュディさんのお父様はすぐにフォローする。
こんなに優しいご両親のもとで育ったので、ジュディさんも優しくなったのでしょうね。
「今まで本当にありがとう。2人とも、元気でね」
姉はジュディさんご両親とハグをした後、僕に声かける。
「迎えに来てくれて、ありがとう。私は真人さんに会わなければならないわ」
姉の澄んだ瞳には、決意を決めた者にしかない力強さがありました。
彼女は、真人さんに会って、どう話をするのでしょう。
僕はあれだけ姉を慕っていたのに、姉の考えが全く分からないという事実が分かりました。
姉が遠くに行ってしまった様な気がして、昔の様な関わりはできない気がします。
血のつながった、距離が近いと思っていた家族ですらこんな気持ちになってしまうのですが、僕と葵さんが心から互いを支え合う日がいつか来るのでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます