第40話 担当不在
由香は白亜係長に初めて出会ったときからほのかな思いを抱いており、彼をデートに誘ったものの「職場関係の女性とは恋仲にはならないと決めている」と断られていた。
白亜係長は純粋に仕事がやりにくくなるからという理由だったが、彼女は「一度のデートですら断られるなんて、自分の顔が好みではないからだ」というとんだ勘違いをし、整形をするために有名クリニックへと飛び込んだらしい。
とんでもないところで思い込みが激しく、すさまじい行動力があるのが由香だ。
恋に恋する点で、同じ区の宮古 桜と意気投合するのは言うまでもない。
「白亜さん、この顔どう? 男性はこういう顔好きなの? かわいいけど、中性的でミステリアスでしょ?」
上目遣いの由香に、白亜係長は頭を抱える。
「それ、ジュディとそっくりな顔なんだけど。何でそれにしたの?」
「聞いてー。白亜さんに断られた勢いで美容クリニックに飛び込んだんだけど、具体的に顔をどう変えたいとか考えてなくてさ。その時カウンセリング対応してくれた美容クリニックのお医者さんが知的でタイプで♡」
立ち直りの早さと台風のごとく突き進む由香の恋心に、白亜係長は感心する。
「そのお医者さんに、『どんな顔がタイプですか?』って聞いたら、めちゃくちゃ具体的な意見をくれたんだ。もしこのお医者さんのドストライクなタイプの顔に私がなったら、付き合ってくれるんじゃないかって思って、この顔での整形を決めたんだ。目の色はさすがに変えられないからカラコンっていう詐欺だけど。綺麗な顔も医者イケメン彼氏もゲットとかサイコーじゃん?」
「そ、そうか。一大決心だったね。痛かったし、けっこうお金かかったでしょ」
自分の女性の顔の好みを客に事細かに伝えるクリニックの医師もどうかしてるし、受け入れる由香も狂っている。
白亜係長はそうは思ったものの、彼女を否定をしないように脳をフル回転していたわる言葉を投げかけた。
「白亜さんはやっぱ、やさしーな。 痛いのは仕方ないよ。お金はなんと、クリニックの先生が負担してくれたの。自分の好みの女性になってくれるんだからって。そこまで僕のことを思ってくれるなら、付き合おうって電撃告白してくれたんだ!」
「……よっぽど、先生は由香ちゃんの思いが嬉しかったんだね」
「うん♡ かけひきするより衝動的な感情のまま行動する方が本当に恋してるって感じがしていいよね!」
職場関係だからとか、顔がどうだとか言う前に、由香の考えにはついていけないから付き合えないだろうと白亜係長は確信した。
「そのあと、クリニックの先生と付き合ったんだ?」
「そーなの、聞いて! 整形終わった後、彼がレストランの個室ディナーに誘ってくれたんだよね。それが初デートだったんだけど、その時に事件が起こったの」
事件とは、彼女が亡くなったときの出来事だろう。
白亜係長の表現に緊張が走る。
「シャンパンをボトルで頼んだんだけど、乾杯のときにね、彼ったら信じられないの。私の名前を間違えたの」
「由香ちゃんの名前を?」
「そ、『ルカ』って。私は由香なのにさ!」
当時を思い出し、頬ならず耳までを真っ赤にし、由香は声を荒げる。
ルカ。
麗の姉と同じ名前なのは、偶然か。
「だから、カッとなってシャンパン一気に飲み干したんだよね! 私のグラスだけじゃなくて、彼のも! それだけじゃイライラが収まらなくて、ボトルに口付けて一気に飲んだ。そうしたら、意識を失ったんだ」
「急性アルコール中毒かな……」
「本当、それね。気が付いたら足がなくてさ。レストランの個室には、私の身体もないし、彼もいないしさ。空のシャンパンのボトルだけ転がってた。あー、人生、呆気なかったな」
由香はさぞ機嫌が悪そうに頬杖をつく。
白亜係長は、引きつった笑みを浮かべて由香に聞く。
「人生、どこでどうなるのか分からないね。由香ちゃんの未練は、結局何だったのかな?」
「んーとね、大好きな彼も私のことが好きで、一緒に幸せな生活を送ることかな」
「おお……」
「ってなると、私が見える男性が恋愛対象の大前提かぁ。選択肢狭まるー、ないわー。でもイケメンの幽霊がいたらチャンス! 早速出会いに行かなきゃ!」
由香は勢いよくドアを飛び出すが、Uターンして戻ってくる。
「ところでさ、幽霊って、管轄の自治体が対応するんだよね。私、心の準備ができるまで宮古さんには亡くなったって伝えたくない」「そういう訳にはいかないでしょ。そもそも、死亡届が出されて成仏しない幽霊はリストとして黄泉送致係に渡るんだから」
「そんなー。……ってか、私の死亡届って誰が出したの? 両親他界してるし、親族もいないから私、頼れる人とかいないし。彼かな?」
小首を傾げる由香に、幽霊端末を叩いて調べる白亜係長。
マウスのカチカチと鳴る音が部署に響く。
チュウオウ区の幽霊リストを見て、白亜係長は眉をひそめた。
「由香ちゃん、死亡届出されてないんだけど。ディナーデートしたのはいつ?」
由香は、白亜係長の卓上カレンダーに目をやる。
「10日前かな」
「おかしいな。死亡届は亡くなった事実を知った日から7日以内に提出しなければならないのに。何だろうね。ひとまず、宮古さんに相談かな」
白亜係長は固定電話の番号を押すが、コール音が鳴るのみ。
宮古さんは運悪く対応中だ。
こんな特殊な状況に限って、相談できる同僚がいないのは係長であれど心細いのに変わりはなかった。
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