第41話 マイハニー
約10時間弱の空の旅を終え、オーストラリアに到着した私達は、動物園でカモノハシやタスマニアデビルなどの珍しい動物を見たり、中心部のショッピングモールで買い物をしたりとシドニー周辺の観光を楽しんでいた。
1時間程度しか時差はないし、南半球のために気候は真逆なものの、日本が春の時期でこちらは秋なので、気温の変化もさほど気にならず過ごしやすい。
今日は待ちに待ったジュディと彼の家族に会う日だ。
彼の家は、オペラハウスから歩いて10分ほどの場所にある。
待ち合わせ時刻よりまだ時間があるため、周辺の植物園で時間を潰すことにした。
植物園というより大きな公園みたいで、どの位置に立ってもシドニーの街並みが楽しめる。
「海外に行くと開放的な気分になりますね。あ、あれは?」
麗が指を指す方向を見ると、白い幹の樹木の枝に白くて黄色い冠をつけた小鳥が何匹か羽を休めていた。
「麗子ちゃん?!」
「ええ、野生のキバタンですね。オーストラリアが生息地ですから」
野生のキバタンはちょこちょこと枝を歩いたり、飛び立って地上に降りたりとしている。
「姉はオーストラリアでの旅行で初めてキバタンを知ったらしく、たくさん野生のキバタンの写真を撮って僕に画像を送ってくれました。日本に帰ったら飼いたいと言ってました」
キバタンを見ながら、少しだけ寂しそうに話す麗は、はっと我に帰って首を振る。
「ごめんなさい、せっかくの二人の旅行で過去を引きずった話をしてしまって」
「いいよ。それより、麗子ちゃんは元気かな? 権田原さんがいるから安心か」
「ああ、言ってなかったですよね。僕達が帰ってくるまで、権田原さんには休暇を取ってもらいました。たまには彼もまとまった休みがほしいと思いますので。麗子ちゃんは田中様が預かりたいとおっしゃってくださいましたので、彼女は彼女なりに非日常を楽しんでいるかと」
約一年弱、権田原さんがまとまって休んでいるところを見たことがない。
いつも華菱家でせわしなく動き回って、空いた時間は常に筋トレをしているイメージだ。
「権田原さん、いつも私達のために一生懸命働いているからリフレッシュしてくれるといいな」
「ええ。久しぶりに大切な人に会うって。家族やご友人でしょうかね。彼女かもしれませんよ」
「権田原さんに彼女? 女の子の前でもマッスルマッスル言ってそう」
他愛のない会話をしていると、あっという間に待ち合わせの時刻が近付く。
のんびりと歩くと、赤い
ジュディの家だ。
「かわいい家だね。待ち合わせ5分前だし、インターホン鳴らして良いよね?」
インターホンを鳴らすと、ピンポンと音が響くものの、応答はない。
「ちょっと早すぎますかね? もう少し待ってみます?」
「そうだね、いろいろと準備してるのかもしれないし」
しばらく待ってからインターホンを鳴らすものの、やはり応答はない。
ジュディさん、家族水入らずで楽しんでいて私達が来るのを忘れちゃったのかな。
「おかしいですね。ジュディさんに連絡を取ってみましょうか?」
麗がスマホを取り出したところで、白い大きな車が目の前に止まり、誰かが降りてくる。
オレンジ色のリボン付きのブラウスにモスグリーンのタイトスカート、黒髪ショートカットのアジア系の女性。
年齢は50代半ばほど。
彼女がジュディさんのお母さんだろう。
「はじめまして、ジュディさんの友達の華菱と漆原です。本日はよろしくお願いします」
私達が挨拶をすると、彼女の表情はぱっと明るくなる。
「ジュディの母です。会いに来てくれてありがとう! ジュディ、お客様よ。テラスでゆっくりお話したら? ケーキ持って行くからね」
車の中へと声をかけると、ドアが開く。
出てきたのは、黒いベレー帽を被るジュディさん。
ではなく、とてもよく似た女性だ。
黒色短髪、すらりとしたシルエットに、だぼりとしたシャツ、ボーイッシュなジーンズと、中性的な印象で一瞬ジュディさんと見間違えた。
彼女は麗を視界に入れ、信じられないといった表情をする。
麗もまた、幽霊でも見るかのようなぎょっとした反応だ。
震える声で、彼らは同時に呟く。
「麗」
「ルカお姉様」
彼女が、亡くなったはずのルカさんで間違いない。
私は2人の顔を見比べる。
目の色は麗は琥珀色、ルカさんはエメラルドグリーンで異なるものの、すっと通った鼻筋に長い
ルカさんはテラス席を指差し、黙って座るので、私達も座る。
皆がどこから話を切り出していいのか分からず、気まずい沈黙が流れる。
一体これは、どういう状況なのか。
全く整理ができない。
おそらく麗もルカさんも、同じ気持ちだろう。
そもそも、本当にここがジュディさんの実家であるのか謎だし、本当に彼の実家だとしても本物のジュディさんはどこにいるのだろう。
「ケーキを持ってきたよ、マイハニー」
野太い声の聞こえる方向へ振り返ると、私達の知る人にとてもよく似ているタンクトップ姿の筋肉質な男性の姿が。
まるで権田原さんだ。
こういうのを他人の空似と言うのだろう。
「ありがとう、ダーリン」
ルカさんの顔がぽっと赤く染まると、彼は蒸したジャガイモの上に乗せたバターが溶けるようにデレデレした顔になるが、私達に気が付いて目を丸く見開く。
「麗様、葵様?」
権田原 源蔵、私達の執事がなぜかそこにいた。
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