第12話 朝の日課と初出勤
カーテンの隙間から差し込む、朝の日差しで目が覚める。
仕事内容や幽霊を見たショックに加え、権田原さんの衝撃で、悩んで眠れないかと思いきや、ぐっすりと熟眠してしまった自分は絶対に能天気だ。
今日から、ミナト区役所幽霊保護課黄泉送致係へ初出勤。
午前5時30分、出勤まであと3時間。
ベッドのなかで枕を抱えながらごろごろしていると、部屋のドアがノックされ、社長が入ってくる。
紺のスーツに、レモンイエローのYシャツという爽やかスタイルを早朝から完璧に着こなしていた。
「おはようございます。早速仕事ですよ」
「おはよう……え、まだ時間あるじゃん」
「朝は棺コーディネート華菱の写真撮影だって言ったでしょう。ホームページの『今日の華菱』に載せる写真を撮るのです」
「こんな朝早くから?!」
そうだった。
社長は採用試験のとき、棺に眠る自らの写真を2時間もかけて撮る人間だった。
屋敷の「麗のビューティー写真館」というプレートの下げられた部屋に入ると、コーディネートされた棺が置いてある。
今日のメインの花は朝顔だ。
社長は棺に横たわり、顔周りを中心に青とも水色ともとれる朝顔を配置し直し、澄ました表情をつくる。
写真を撮ること30分。
意外と早く終わったと思ってしまった私は、完全に社長のペースにのまれている。
彼に、写真確認のためにスマホを託す。
彼は額に手を当て、悩ましげな表情をする。
「葵さん……申し訳御座いません。本日の出勤は難しそうです」
「え、私の初出勤なのに? まさか、具合悪くなっちゃったの?」
「ええ。此処に天使の
社長、今まで社会人としてのお勤めができていたのが驚きだ。
ふざけて彼を
「あーあ、残念だなぁ。今日は天使が舞い降りないって、職場のみんな悲しむだろうなぁ」
「ですよね! 皆さんが僕を待っています。では葵さん、出勤の準備をしましょうか」
社長は鼻歌を歌いながらひとりでステップを踏み、彼の部屋へと戻った。
彼の扱いには、段々と慣れてきた気がする。
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「お二人とも、出勤のお時間でございマッスル」
権田原さんが家の入口まで鞄を持って送ってくれる。
彼から鞄を受け取るとき、ふわりと
「ありがとう。権田原さん、何だか良い香りがするね」
「本当でございマッスルか?! ううっ……おおおっ……」
権田原さんは顔をぐちゃぐちゃに
「どうしたの?!」
慌ててハンカチを渡すと、権田原さんは首を振り、ポケットから自らのピンクハート模様のハンカチを取り出して顔を覆う。
「僕、近くにいた人に、鼻をつまんで露骨に嫌な顔をされたり、駆け出して逃げられてしまったりした過去がありましたでございマッスル……。それ以来、香りやエチケットには気を遣っているので、葵様にそう仰って頂けるなんて……
社長は、優しく権田原さんの背中をさする。
「大丈夫ですよ、権田原さんからは全く嫌な臭いはしませんから。そんなこと言うなんて、人間ではありません」
「そうだよ権田原さん、そんな失礼な奴の言うことなんて気にしなくていいよ!」
泣きながら手を振る権田原さんを背に、区役所へ通勤する。
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始業を合図する鐘の音が鳴る。
「葵ちゃんは今日お初だから、まずは基礎からレクチャーしないとね」
白亜さんはホワイトボードを用意しながら説明するので、私もノートにメモを取る体制に入る。
「死亡届が出されると、早く成仏するように『
白亜さんは大真面目に話す。
納得したかしないかはさておき、話の流れは理解したので頷く。
「死亡届を出すのは、死亡した場所、本籍、住民票があった場所デス。死亡届を出してカラ、未練のアル場所に移動する幽霊も。ミナト区以外の場所で事件を起こした場合でも、僕達がそこへ行かなければナリマセン。ちょっとトラベル気分デスね。キョウト、行きたい」
ジュディさんがホワイトボードを覆い尽くすくらい大きな赤字で「キョウト」と書いたのを、すかさず華菱社長が消す。
「だいたい23区内が多いですけどね。自分の区だけでは解決できないような場合は、幽霊の活動している自治体に
社長は、相変わらず手鏡で髪の乱れがないかをチェックしている。
「葵ちゃん、質問ある? それよりさ、今度面白い番組が観られるんだけど……知りたい?」
白亜さんの話を社長が慌てて遮る。
「仕事中に私語は厳禁です! 理論はさておき、早速現場に出てみましょう。習うより慣れよ、ですから。今抱えている案件を一緒に葵さんには取り組んでもらいます。案件の
社長はキャビネットを開け、ファイルを取り出し、それを手渡す。
「幽霊記録簿」と書かれているそれをめくると、幽霊に関する情報が書かれている。
YM01346番、
令和3年6月15日、42歳で死去。
6月15日より、ミタカ市吉祥寺の井の頭公園にて彷徨い始める。
6月30日、ジュディの聞き取りより。
スワンボートを楽しむカップルを池に転覆させ、喧嘩別れする姿を見るのを楽しみとしているとのこと。
幽霊曰わく、「この公園でスワンボートを乗ったとき、付き合って5年の彼女にプロポーズしたが、振られた」と話していた。
気になる彼女について細かく聞き取ると、「レンタル彼女」との発言有り。
ファイルをぱたんと閉じる。
なんて、くだらないんだろう。
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