第10話 幽霊保護課黄泉送致係

 引っ越しのピークシーズンはとっくに過ぎていたからか、区役所の住民課での手続きはスムーズに終わった。

 晴れて私は、住民票上でも「華菱 麗の同居人」となった。


「では、行きますか」


 社長はエレベーターに乗り、10階のボタンを押す。

 フロアガイドを見ると、10階は人事課だ。


「人事課?」

「ええ、貴女に渡すものがあります」


 ん?

 どうして人事課で?


 到着すると、社長は人事課のフロアへと入り、通路を突っ切って「倉庫」と書かれた扉の前に立ち、身分証のようなものをカードリーダーにスキャンする。


 扉が開かれると、壁を覆い尽くす程のファイルの棚に囲まれた、4つのデスクがある。

 窓が無く、日の光が全く入らないこの部屋は、どこか鬱蒼うっそうとした空気が漂っている様に感じる。

  

 社長は、シンプルな掛け時計を見る。

 12時55分。


「ああ、お昼休み中でした。もうすぐ戻って来るでしょう」

「あの、私の手続きって何のことなの!?」


 ドアが開かれる。

 入ってきたのは社長と同じくらいの身長で、茶髪をワックスではねさせ、黒縁メガネを掛けた、いかにも遊んでいる感じの青年だ。

 年は、私より少し上くらいだろうか。


「あら、これが噂の新人さんかぁ。カワイイなぁ! 名前は?」


 テンションイケイケな彼に対し、華菱社長は眉をひそめて注意する。 


白亜はくあさん。まずは自ら名乗るのが礼儀ではないのですか? それと、この方は僕の婚約者ですので」

「ちぇー……ってか、えっ、嘘でしょ! 麗からそんな話聞いてないし!」 


 白亜さん、と呼ばれた男性は私へ名刺を渡し、挨拶をする。


「大変失礼しましたっ、白亜はくあ いおりです。うちの店に来てくれたら、一杯ご馳走するよ」


 名刺には、「バーラウンジ ナイト・バーテンダー 白亜 庵」と書かれている。


 えっと、白亜さんはバーテンダーさんで……、何で区役所の倉庫に?


「白亜さんったら、ちゃっかり宣伝してますね。葵さん、言ったでしょう? ここの部署は兼業可能ですから」


 社長に言われて、そういえば公務との兼業をするとか言っていたような気が……。 


 再びドアが開く。

 20代前半であろう、社長や白亜さんよりは小柄な、黒髪を七三に分けた中性的な青年だ。

 小柄といっても、社長や白亜さんが身長が高すぎるだけか。


「アラ、始めまして。僕は柳橋やなぎばし  ジュディ。ジュディでいいよ。華菱サンから、婚約者だって聞いてる。これから、よろしくネ」

「ジュディは何で婚約者さんのこと知ってるんだよ!」


 白亜さんはジュディさんにも絡んでいる。

 ジュディさんは片言な日本語と、青い目が印象的だから、外国の生まれなのかな?


「漆原 葵です。棺コーディネート華菱に採用されました。社長からは、兼業……とは言われているのですが、何をするのか……蒔絵師ということで、良いんですよね?」


 白亜さんがくすくすと笑い、ジュディさんが睨みつけるようにして社長の方へ向く。


「華菱サン、説明してないの?」

「契約書も見せましたし、丁寧に説明までしましたが? ですよね?」


 社長は「文句ありますか?」といった様な言い方だ。


「サインしちゃったけど、よく分かってなくて……」

 

 ジュディさんは、片手で顔を覆う。


「オゥマイグッドネス……葵さん、ウチの部署は、ミナト区役所幽霊保護課黄泉送致係。 

蒔絵師としての仕事は、ここではヤリマセン。でも、試験に受かったってことは、適性バッチリ。頑張ろう」

「幽霊保護課?」


 目を丸くする。

 幽霊って……どういうこと?


「死亡届が出されると、魂がこの世からあの世に渡ります。しかし、この世に何らかの未練があり、成仏が上手く出来ないと幽霊となってしまうのです」

「そんな迷える魂を無事にあの世まで送致するのが、俺達の仕事」


 社長は、「言ったでしょう?」という圧があるし、白亜さんも大真面目に説明している。


 え、え、嘘でしょ?

 何かのドッキリ番組かな?

 誰か、早く種明かししてよ!

 

 ジュディさんはキャビネットから封筒を取り出し、開封して中身の紙を見ながら、驚いている。


「葵サン、凄い。試験の結果、お化け……いや、幽霊屋敷での幽霊可視力ゆうれいかしりょくマイナス100%、よく食べることから、生命力200%! そして、華菱サンを受け入れているから、予測不可能な事態に対する適応力500%……」

「エリート職員じゃん、やるぅ」

「言ったでしょう? 僕の目に狂いは無いですから」


 3人は楽しそうに会話しているけど、内容的に試験ってまさか、棺コーディネート華菱だけではなくて、ここの採用試験も兼ねていたの?


「社長!試験って……」

「ええ、もちろん棺コーディネート華菱と幽霊保護課黄泉送致係の採用試験です」


 嘘って言ってよ!


「ちょっと待ってよ、私、信じない。幽霊とか、見えないものは信じない主義なの」


 白亜さんは、ニヤリと笑う。


「じゃあ、見えたら信じるで良いね?」


 ジュディさんは、引き出しから黒縁メガネ

を取り出し、私に渡す。


「騙されたと思って、掛けて。白亜サン見て」


 社長とジュディさんはスマホ端末に何かを入力している。

 何だろう。


 よく分からないまま黒縁メガネを掛けると、白亜さんの隣には長い黒髪の若くて大人しそうな女性が立っていた。

 彼女の足は透けている。


「えええええ、誰!? いつからいらっしゃいました?」


 思わず女性は、無視をして白亜さんや社長やジュディさんを熱いまなざしで見つめている。

 私のことは眼中に無いようだ。


「彼女、俺が部屋に入ってきたときからずっといたよん。何なら、今日のランチは彼女とデートだったけど」

  

 白亜さん、え、何言ってるの?


「で、彼女は何に未練があるんです?」


 社長はさも当たり前のように反応し、白亜さんは肩をすくめながら話す。


「彼女は乙女ゲームの世界に夢中になりすぎて、リアルな男性との恋愛は全くなかったらしい」

「それで、誰かとリアルで付き合ってみたいということですか?」

「いや、一度でいいから現実でイケメン逆ハーレムを築き上げたいと」

「オウ、なら話、ハヤいよ!」


 3人は、彼女の前に立つ。


 ジュディさんは、彼女にウィンクする。

「ここより、素敵な場所行こう。僕が、案内するヨ」


 華菱社長は、例の手品で薔薇を出す。 

「狂い咲く薔薇が貴女を待っている」


 白亜さんは、投げキッスをする。

「俺のエンジェル、これで天に昇れるかな……?」


 全員、もちろんキメにキメたイケボだ。

 女性は、絶叫する。

「きゃあああああ! 天国って、本当にあるのねっ!」


 女性の姿は跡形もなく消え去った。

 え、え、いろいろと、嘘でしょ。

 それより幽霊さん、単純すぎない!?


「ね、見えたでしょう? ちなみに、ここで知り得たことは、口外禁止です。守秘義務ですからね」

 

 社長は自らの薄くて整った唇に人差し指を当てる。

 見えたけど、確かに見えたけど……認めたくない!

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