第31話 アルバム

 穏やかな日差しの降り注ぐ3月半ば。

 私は麗を無理に知ろうとするのをやめた。

 今後を考えて本当に良いのかは分からないが、互いに穏やかな生活を送るためには、割と良い選択肢だ。

 そう思いながら、私は棺コーディネート華菱にて蒔絵のデザインを選ぶ田中様に、桜のミルクティーをお出しする。


「ありがとう、葵さん。ああ、これ美味しいわ。季節感があって良いわねぇ」


 田中様がティーカップに口を付けると、真っ赤な口紅が縁に付いた。

 麗は、本日の花を仕入れに外出中だ。


「ところで、ルカさんのお墓参りはいつかしら?」


 田中様の言葉一つで、私の心に絶対零度到来。


「社長ったら、子どもの頃からルカさん大好きだったものねぇ。明るくて、健康的で、とっても活き活きとした方だったわ」


 田中様はため息を付く。

 いくら元婚約者のルカさんが素敵な方だったとはいえ、今の婚約者である私の前で言うのは、さすがにしゅんとなる。


「本当に、仲の良いだったものね」


 姉弟?

 今、田中様、姉弟って言った?


「ルカさんって、お姉さんなんですか?」

「あらあら! 社長ったら、ルカさんのことをきちんと話していなかったのね。ルカさんは社長のお姉さんよ」


 頭が割れるような衝撃が走る。

 私は、どうやらとんでもない誤解と推測で自身を苦しめ、麗に当たり散らしていたようだ。  

 しかし、ひっかかる点がいくつかある。


「ルカさんの苗字って、北里だったと思うのですが……」

「こんなこと私が言っていいのか分からないけど、実は社長のご両親、一度離婚してるの。社長が高校生くらいだったかしらね。社長はお父様に、ルカさんはお母様に引き取られたわ。北里はお母様の苗字ね。ルカさんの亡くなった後、元の鞘に戻って再婚したの」 


 だから麗とルカさんは苗字が違うのか。


「子どもの頃、ご両親どちらも仕事が忙しくて家にいなかったから、ほとんど執事さんやメイドさんが社長達の身の回りのお世話をしていたわ。離婚後もルカさんと社長は定期的に連絡したり、食事に行ったりと交流があったみたいね」


 社長は子ども時代、恐らく寂しかっただろう。

 お父さんをほとんど覚えていないと言っていたが、お母さんも仕事人だったとは。

 思い出のある唯一の肉親がルカさんだけで、そんな人が亡くなってしまったなんて。


「社長はアルバイトで来ていたお手伝いのお兄さんと遊んでもらってたわ。そのお兄さんが真人まさとさんって言ってね、ルカさんの婚約者だった人なのよ」


 またしても、衝撃の事実が発覚する。

 驚きすぎて、頭のなかが空っぽになる。

 何か言葉を出そうとしても、ぱくぱくと口を開くことしかできなかった。

 よくよく思い返すと、幽霊保護課で見たルカさんのファイルには、「誰と結婚するか」とは書いていなかったかもしれない。


 サンプルで置いてあった棺がガサゴソと動き、ぱかりと開く。

 棺から、麗が起き上がる。


「えっ、花を仕入れに行ったんじゃなかったの?!」


 私は声を張り上げる。

 田中様は、ほほほと上品に笑う。


「ごめんなさいね、葵さん。社長から、自分の代わりに話すようにって言われたのよ。本当は自分で話すべきだったけど、正直に話したら葵さんにひかれてしまうし、また感情的になってしまうからって……」

「どうしてですか?」

「お姉さんにベッタリすぎだからよ。こういう方のこと、なんて言ってたかしら。たしかシスコン……」

「田中様、そこまで仰らなくて大丈夫ですから! そこは頼んでませんから!」


 麗が耳まで赤くしながら叫ぶ。

 田中様は孫を眺めるような笑顔となる。


「葵さん、今まで黙っていてごめんなさい。もう過去のことで、重たい話ですし……。貴女のご実家に伺ったときに、皆さんが本当に仲が良さそうで。こちらに来てからも、葵さんは楽しそうにご実家の話をよくされていて。ちょっと嫉妬しちゃいました。葵さんは、愛されて育ったんだなぁと。そんな貴女に、僕の家の事情を話したくないと意固地になってしまいました」


 麗は元気がなさそうに話す。


「麗の家庭、複雑だったんだ」


 私が何気なく話していた内容や態度が、無意識に、無神経に彼を傷つけ、彼の口から真実を伝える機会を奪ってしまっていたのだ。

 真実を知ってからも、まだ疑問に思っていることや、彼自身について聞きたい話は山ほどある。

 けれども、彼の口からいつか話してくれるのを待とう。


「過去は過去。今は今。これからは、今直面している2人の問題に2人で立ち向かうといいわねぇ」

「さすが田中様、人生の先輩です。末長く、華菱家がお世話になります」


 麗は田中様に深々とお辞儀をする。


「葵さん。今の話を社長から頼まれたのは事実だけど、台本を覚えた訳じゃない。全て子ども時代から社長を見てきたのは本当よ」 


 田中様は無邪気に言うが、確か記録より、田中様は棺コーディネートが設立してから2年程のお客様だった気がする。

 そろそろ3年になるだろうか。

 子ども時代から知っているなんて、田中様は実は親族だからだろうか?


「私、社長のお父様のホテルで盛大に結婚式を挙げたのよ。あまりにもいいホテルだったから、会員になっちゃって、結婚後もお食事やガーデンによくお邪魔していたの。だから、華菱家とは親族みたいなお付き合いなのよ」


 田中様は、バッグよりアルバムを取り出す。

 若い頃の田中様と、亡くなられた旦那様の結婚式の写真から始まり、いろいろな場所に2人で出掛けて撮った写真が並ぶ。

 歳を重ね、写真は色褪せても、2人の思い出は鮮明なままなのだろうと感じた。

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