第50話 別行動
「彼も許せないけど、もっと最悪なのはルカ! 自分が自由になりたいからって、他の人を巻き込んでいいとか考えてんじゃねぇよ! それを許してる華菱さんやジュディさんはどんだけアホ?」
矢切さんは火山が噴火したような勢いで怒鳴り散らし、麗やジュディさんは恐怖で肩を震わせる。
二人は苦々しい思いをしながらもルカさんの行動を受け入れてはいるが、矢切さんにはその辺りも含めて気にくわないらしい。
「私もルカさんに腹がたちましたわ。麗様も私も、彼女が亡くなったのを心から悲しんでいましたし、悩みがあるなら言ってくれれば良かったのですわ。それなのに、彼女は……私達の気持ちを踏みにじったのですから」
宮古さんもいつもはぱっちりとした大きな瞳を、今は糸の様に細めて苦虫を噛みしめたような表情で話す。
麗とジュディさんは視線を下に向け、何も話せずにいるのを見て、白亜さんは助け船を出す。
「ジュディの同居人のクリニックの皮膚科医と、麗のお姉さんであるルカさんの婚約者って、99パーセント同一人物ってことだね。万が一違ってたらそれはそれで大変だから、ここを確認するのがまずは先かな。そう決定してからじゃないと、由香ちゃんも言いたいことが彼にもルカさんにも言えないでしょ?」
白亜さんの意外な言葉に、矢切さんは一瞬きょとんとした表情になった後、頷く。
「そうだね。関係ない人にめちゃくちゃ怒るとか最悪だし!」
「由香ちゃん、彼の名前は?」
「真人」
やはり、同一人物だった。
「本人達に文句の一つや二つでも言ってやらないと成仏できない! でも、幽霊の姿じゃ一般の人に見えないし……」
「1日だけ生前の姿に戻って文句を言う方法もあるけど3ヶ月かかるし、それで未練が晴れて確実に成仏できるっていうならやってもいいと思う。正直大変だし、あんまやんない方法なんだけど、港区ではこの前もやったよ」
「たったの1日だけ戻れるなんて、かえって虚しい。そんなのやる奴いる?」
「例えば、幼なじみでずっと片思いしていた人の結婚式に呼ばれてたけど、直前に亡くなってしまった人とかね。どうしてもお祝いしたかったんだってさ。実は挙式を挙げるのが嘘だったと分かったときはこっちが苦しくなったよ」
「え……」
白亜さんの発言に、由香さんは目を大きく見開き、驚きと後悔の表情を隠せずにいるが、すぐに首を振って感情を打ち消すがごとく早口に話す。
「それは過去のことだから。せめてもあのルカって奴の顔を見てやらないと、納得いかない。気が済むまで聞こえなくても文句言ってやるわ」
「由香さん、オーストラリアに行くのですか? パスポートもないし、幽霊は飛行機に乗るときどうするのでしょう。飛行機のなかで気持ちが高ぶって他の乗客に迷惑かけますわ。幽霊を見える人間に見られたら、心霊ジェットとして噂になってしまいますわ!」
宮古さんは頭を抱えているところ、麗は静かに口を開く。
「それでしたら、僕のプライベートジェットに乗って行きますか? 姉には二度と会わないはずでしたが、矢切さんが姉に文句を言っているのを影で見守るくらいでしたら、僕にもできるかと。今回の件、僕の関係者が大いに迷惑をかけましたので。矢切さんの成仏の手助けになるのなら」
「それなら、私も一緒に……」
「いえ、葵さんは日本での業務を続けてください。貴女は、僕の保護者ではありませんよ」
麗は、私の同伴を頑なに嫌がる。
いつまでも動揺している自分だと私に思われたくない、麗なりのプライドかもしれない。
「分かった、こっちでできる業務をやるね」
麗を信じて潔く退くと、麗は何かを決心したように軽く頷いた。
「ごめんなさいね、由香さん。私も同伴して貴女の思いを見届けたいのだけれども、こちらの仕事が手一杯で」
「大丈夫。その女の場所さえ教えてくれたら自分で何とかするし。華菱さんもいらないくらいだし」
申し訳無さそうにする宮古さんに、矢切さんは強い口調となる。
「ねー、華菱さん。一刻も早くルカって女の顔を確かめてやるわ。早く連れて行ってよ」
「わかりました、すぐに手配します」
麗は腰を上げ、矢切さんに付いて来る様に手招きをする。
その表情は、何を考えているのか全く分からなかったが、一つだけ言えるのは彼の気持ちに迷いはないという事実。
「葵さん、皆さん。どうかしばらく、お元気で」
ぽつりと言い残し、麗の華奢なワインレッドのスーツ姿のシルエットが扉の向こうに消える。
もう二度と麗と会えないような、そんな漠然とした不安が胸に渦巻いたのは彼の別行動に対して心配し過ぎなだけだろうか。
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