第48話 糸

 ジュディさんはブランケットで顔を覆ったまま、ずっと黙っている。

 彼の異質なまでの変わり様に、おどおどしながら背中をさすりながら声換えをする。


「ジュディさん、お水持ってきます。勝手に戸棚からコップを取りますね」


 取り出したコップを軽く水洗いし、なみなみに注いでジュディさんに手渡す。

 彼は一気に水を飲み干し、深いため息をつく。


「大丈夫ですか?」


「エエ。葵さん、こんなこと言っていいのかどうか分からないのデスが……。でも、ひとりで抱えるのもあれで……」


「何でも話してください。幽霊保護課で働いてるくらいです。幽霊はもちろん、係のメンバーも変わっているのでちょっとやそっとじゃ驚かないですよ」


「葵サン、何気に僕達のことディスりましたね」


 元気のなかったジュディさんが、力無いものの少しだけ笑顔になる。


「僕がオーストラリアに行くはずだった日、結局行けなくて。ルームメイトの部屋をノックしたら、目をつぶってぐったりとした女性を、彼は抱えていたのデス。しかも、その女性の顔が僕ソックリで。でも、この女性をどこかで見たことがあるような気がして……」


 ジュディさんそっくりの顔の女性は、イコールでルカさんそっくりな顔。  

 そして今日、矢切さんもそれと同じ顔に整形していた。

 この顔の造りって、流行っているのだろうか。

 偶然とはいえ、何かが引っかかる。


「ルームメイトは、困ったように慌てていた。彼の彼女とデートしていたのだけど、酔いつぶれてしまったみたいで。目を覚ますまで寝かせようと思ってたって。そしたら、彼は早口でまくし立てマシタ」


「何て言ったの?」


「『目を覚ました彼女がジュディにそっくりだと知ったら気にするだろう。彼女が望んでこうなった顔なのに』って。すぐに隠れるように言われマシタ」


 ジュディのルームメイトの男性が連れてきた彼女は、やはり整形をしたらしい。


「でも、僕は彼の様子もそうだけど、ぐったりした彼女が気になって……。酔っているなら、お水でも枕元に置いてあげた方がいいと思った」


 ジュディさん、こんなところでも気配りができる方だった。


「眼鏡をかければ、少し顔の印象変わるかと思って、ファッション用のお洒落眼鏡をかけて、コップにお水入れて持って行った。僕、本当に慌ててマシタ。お洒落眼鏡じゃなくて、幽霊保護課の幽霊が見えるメガネかけました……」


「そ、それで!?」


「見えたんデス。その女性の幽霊。く気味が悪くなって、すぐに眼鏡を外してしまったのデスが……」


 頭を抱えるジュディさん。

 

「プライベートで幽霊を見てしまうってけっこうショックですよね。幽霊は何か言ってました?」


「エエ。めちゃくちゃエネルギッシュな女性の幽霊、『ちょっと! 私はここよ! 私の遺体をどうするつもりなの?!』って大声で叫んでマシタ。どこかで聞いたことある声だったので、ずっと誰か考えてマシタ」


 まさかとは思いながら、おそるおそる聞いてみる。


「……ひょっとして、矢切さん?」


「オゥ! どうして分かるのですか?」


 ジュディさんは青い瞳をまん丸に見開き、手元に口をあてる。

 ビンゴだ。


「出勤したら、宮古さんと一緒にジュディさんそっくりの女性が事務所に来ていて。声とテンションが矢切さんだったので」


「確かに、宮古サンと一緒だったら彼女と分かりますネ。ということは、僕のルームメイトが連れてきた女性の遺体はやはり矢切さんデスか」


 すっきりしたというように、ジュディさんは深くため息をつく。


「その遺体をルームメイトはどうしたのでしょうね」


「エエ……。僕も気になったのですが、翌朝には部屋からなくなってマシタ。ルームメイトも、『彼女は無事帰った』と言うし。見なかったことにしておかないと僕自身の身も危険と考えてしまい……。誰かに言わなきゃいけないのに、言えなかった。僕、サイテー。でも、怖かった……」


「そんな、ジュディさんは悪くないです」


 小刻みに肩と歯を震わせているジュディさん。

 こんなに大変なことを一人で抱えていたら、体調不良になってしまうのもやむを得ない。


「ちなみに、ルームメイトはどんな方なの? 失礼だけど、普段からちょっとヤバそうなかんじ?」


「ルームメイトは美容クリニックのお医者様デス。お金持ちデスが嫌みなくて、普段はとっても優しい。僕がオーストラリアから日本に来て、幽霊保護課に所属したての初給料日前、お金もお家もなくて、困ってたときに声をかけてクレタ。そのまま住んでいいって」


「えー、そんなことある?」


「エエ。彼、少し前に婚約者を船の事故で亡くしたみたいで。その婚約者に僕がソックリで、困っていたから放っておけなくなったって。だから、彼がぐったりした彼女を連れてきたとき、やっぱり婚約者に似た人を好きになったのかなとも思ったのデスよ」


 美容クリニックの医者。

 船の事故で亡くなった婚約者。

 整形した矢切さんの遺体。


 白亜さんは部下の私達にはこの件について関わってほしくなさそうだし、麗はルカさんのことについて係のメンバーには話をしないつもりでいるけど、絡まった糸のように全てが繋がっている予感がしてならなかった。

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