第46話 捜索願

 ジュディ両親達と会うはずの日。

 実は直前に「ゴメンナサイ、行けない」とだけジュディさんからメッセージが届いていたのだが、電波が悪くて届かなかった様だ。

 複雑な事情のあるジュディさんだから、家族に会うのが目前となると怖くなったのかもしれない。

 今回ジュディさんが来れなかったこそ、ルカさんは今までの生活ができている。

 本物のジュディさんと鉢合わせをしてしまったとき、どうなるのかが心配だ。


 旅行という非日常が終わり、疲れを引きずりながら出勤すると、白亜さんがあたたかい表情で手を振りながら出迎えてくれる。

 麗はカンガルーのぬいぐるみを、私はコアラ型のチョコレートを紙袋から取り出す。


「白亜さん、お休みありがとうございました。これ、お土産です」

「本当にぬいぐるみ買ってきてくれたんだ! ありがとう。リフレッシュできた? 楽しかった?」

「ええ」


 屈託のない笑顔の白亜さんがかえって辛いのか、麗は引きつった表情で反応するので私は話題を変える。


「そういえば、ジュディさんとはオーストラリアで会わなかったのですが、あれから仕事には来てます?」

「ああ、体調悪いみたいね。心配だからお見舞いに行きたいんだけどさ、仕事もたてこんでいてね……」

「私達が不在中に何かあったのですか?」

「ちょっとね」


 白亜さんは険しい表情になるのと同時に、矢切さんの話し声が近付いてくる。 

扉が開いてやってきたのは宮古さんと矢切さん。

 驚いたことに、矢切さんには足がなかったし、ルカさんそっくりな見た目になっているので思わず声を張り上げてしまう。


「え!? 矢切さん!?」

「漆原さん、おひさ! ぽっくりいっちゃってさー」

「ええ!? 何で!?」

「それよりさ、オーストラリア行ってきたんでしょ? お土産ちょうだいよ」


 動揺ですっとんきょうな声と反応の私と、幽霊になってもハイテンションな矢切さんに対し、白亜さんは静かにするように人差し指を立てる。


「亡くなったのに、遺体が見つからないんだ。詳しい話は後でね。急ぎかつ重要な案件だから、事情を詳しく知らない麗や葵ちゃんは逆に関わらない方がいい。麗か葵ちゃん、どちらかが事務所で留守番、どちらかがジュディの見舞いに行くのかを選んで。俺と宮古さん達は別室で会議してくるから」


 麗の顔を見ると、目が点になっていた。

 彼も相当動揺しているらしい。


「えっと……どうする?」

「僕がジュディの見舞いに行った方が良くないですか? 彼、心は女性かもしれませんが一応男性ですし」

「……うん」


 頷いた私は、待てよと考えて首を振る。

 麗はオーストラリアでルカさんに会ったこと、そしてジュディさんとして生きているのに大きなショックを受けている。

 彼のところに見舞いに行ったら、少なからずオーストラリアでの話題が出て、麗はまた落ち込んでしまうだろう。

 ぽろりとジュディさんに本当のことを言いかねない。


「やっぱり、私がジュディさんのところに行きたい」

「いやいや、葵さんは待っていた方がいいですって。何かあったら心配ですし」

「麗もいなくて、白亜さんも大変な案件抱えてるところだし、危険な幽霊が来たら私一人で対応できないから」

「いや……」

「麗がジュディさんに会ったら、絶対動揺するでしょ」


 ぴしゃりと言い放つ私に、ばつの悪そうな顔をする麗。


「何か変わったことがあったら、すぐに連絡してください」

「大丈夫だって。ジュディさんには何も知らないように振る舞うから。行ってきます」


 笑顔で言いながらも、果たしてそれがジュディさんにとっても、ルカさんにとっても良い行いとは言えないのは分かってる。

 分かってるけど、そうするしかない。


********************


 会議室は緊迫した空気が流れる。 


「由香さんは本当に、それでいいのですか?」


 桜が不安げに由香に問いかける。


「うん。大げさな話にしたくない。それにが真っ先に疑われるのも嫌なの」


 矢切由香の遺体を探すも、見つからない。

 警察に捜索願を出そうという話も出た。

 幽霊保護課は表向きには公表されていない部署のため、もし捜索願を出すとしたら秘密裏に行うことになる。

 由香が生前まで一緒にいた相手を疑うだろう。


「由香ちゃん、遺体が見つからなくて不気味じゃない? やっぱり警察に依頼して探した方が……」


 白亜係長は心配するが、当の由香はけろっとしている。


「だって、今更遺体見つかったって何にもならないじゃない? 遺体探しをするくらいなら、私は新しい恋人探しをしたいんだけど」


 由香は投げやりに呟いた。

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