第52話 尾行

 権田原さんが疾走した朝。

 何もかも、誰もいない屋敷でひとりで家事をやらなければならないが、いろいろなことが重なったのに加えて麗もいないのでいまいちやる気がでない。

 1人暮らしをしたら、私の家はゴミ屋敷になるかもしれないと思うと、虚しい笑いが唇から零れる。

 朝食を作る気力もないため、私は適当なジャージに着替えてコンビニへと向かう。


 コンビニに入ると、立ち読みをしながら外をちらちらと気にする青年と目が合う。黒髪にサングラス、灰色のフード付きパーカー、ジーンズという典型的な不審者の服装だ。

 さり気なく彼から視線を反らしながら、サンドイッチコーナーに向かうが、彼のフード付きパーカーから、タグが付いているのを発見してしまう。

 切り忘れてしまったのだろう。

 

 さすがに気が付いたのに知らせないのはまずいと思いながら、指摘したら彼が逆ギレし、危険な目にあったらどうしようという恐れも抱く。

 しばらく迷った上で、おそるおそる声をかける。


「あの……、タグでてます」


「ありがとうございます」


 サングラスの奥から、澄んだ青い瞳が覗く。

 この声、ひょっとして?


「ジュディさん?」


「どうして僕を……どちら様です?」


 まずい。

 私は今、すっぴんだった。

 いつものフルメイク姿とは大違いな顔。

 しかも、よれよれのジャージ姿。

 自爆しそうなくらい恥ずかしい。

 このまま人違いにしたいが、ジュディさんは外を気にかけながらも必死に考えている。

 何をそんなに気にかけるものがあるのかと外を見ると、喫煙スペースで見覚えのある男性が煙草を吸っている姿を発見する。 


 真人さんだ。


 これは、私の正体を隠している場合ではない。


「私、漆原です。同じ職場の」


「エエ? ああ、漆原サン! これはこれは……失礼シマシタ!」


 ジュディさんは心底驚いた風に目を丸く見開くので、小声で問いかける。


「真人さんの尾行ですか?」


「エエ。今日明日は真人さん、お休みで。さりげなくどこかに行くのかと聞いたら、ひとり旅って。アヤシくない?」


「確かに。どこに行くんだろうね。でも、バレたらけっこうヤバそうですよ。白亜さんの指示を待ってからの方がいいのでは?」


「彼、普段は休日も家にいて、ほとんど外出シナイ。今を逃したらチャンスはナイかもしれない。ソウダ! 漆原サン、僕と一緒に尾行シマショウ! こういうとき、男女カップルって怪しまれないって聞きマシタ!」


 そんな情報をどこで仕入れたのか謎だが、ジュディさんはドヤっと自信に満ち溢れた表情をしている。

 ジュディさんも変装をしているし、私も普段とは違うためバレる危険性は少ない。

 しかし、何かあったら……。


「一応ボクは、このサングラスは幽霊保護課でも使っているものを用意シマシタ。AIのダニエルさんがついてるので、最悪白亜サン達にも連絡出来るようになってマスし、白亜サンも承知してマス。ただ、夜はバーのお仕事があるので確認が遅くなると言ってましたので、彼がどこに向かうかだけ確認し、暗くなる前に帰りマショ」

 

 ジュディさんが幽霊保護課用のメガネを持っていること、白亜さんも承知で、かつ暗くなる前に帰るのなら安心材料は多い。

 麗だって、誰の助けもないなか、問題に立ち向かっている頃だ。


 私だけがいつまでも、誰かの影に隠れて指をくわえて事件解決を待っているのは歯がゆい。

 早く、一人前に仕事ができるようになりたい。


 そう考えた結果、ジュディさんの尾行に協力することに決めた。

 真人さんは煙草の吸い殻を捨て、駐車場に停めてある黒い車に乗り込み、走り出そうとしている。


「ジュディさん! 車が!」

「ダイジョーブ! カモン!」


 ジュディさんが手招きし、コンビニの裏側に停めてある彼の白い車に飛び乗った。


********************


 真人さんの車を見失わない程度に尾行し、1時間が経過する。

 ビルだらけの都内・赤坂から離れるにつれて道路はどんどん広くなり、緑の自然が多くなった。

 坂道が多く、ぐねぐねとした道路を進んで山のなかへと入っていく。

 黒い車は止まる。

 ここから先は車では行けないような場所の様なので、真人さんは車から降り、あまり整備されているとはいえない草の茂った道へと進んでいく。

 私達も、少し離れたところに車を停め、離れて後をつける。

 息を潜め、足音を消して近づいていく。

 目の前に、ずんぐりとした動物が横切る。

 おそらくイノシシだろう。

 私は思わず出そうになる声をおさえるため、口元を両手でふさぐ。


「うぁあああああ!」


 ジュディさんは驚きを隠せず、大声をあげてしまう。


 真人さんは振り返り、こちらに小走りで向かってやってくる。

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