第63話 ワンピース(真人の視点)
採用面接では、ある程度の本音と建て前を分けた上、自分をアピールするのが常識だ。
高校生になったばかりの僕は、アポなしで屋敷の門を飛び越え、主である男性に対してただ事実を述べた。
今考えるととんでもない話だが、彼は住み込みで働くことを許してくれた。
その際に出会ったのが、10歳にもなっていないルカさんと弟の麗様だ。
黒い艶やかな長い髪、青い瞳が白い肌に映えていて、人形の様に儚げな印象のあどけない少女。
地肌の白さゆえ、アトピーの肌荒れが目立つ顔立ちの整った髪の長い少年。
両親もほとんど戻らない大きな屋敷に佇む2人を見ていると、異国の童話の世界に迷い込んだ気分になった。
ルカさんは使用人達に対しても丁寧で笑顔を絶やさない。
何かをしてもらったときは必ず言葉に出してお礼を伝えていたし、使用人達の事情についても機敏に察していた。
また、弟の麗様についても母親かと思うくらいに面倒見が良かった。
麗様は酷いアトピーのコンプレックスである疾患を隠すために前髪を長く伸ばしていた。
全身に薬を塗る際も、本当に心を許した使用人にしか素肌を見せなかった。
使用人を麗様が拒否した際も、ルカさんは使用人に対して頭を下げていたのだ。
良くできた子だと思った。
ただ、使用人だけではなく、実の弟に対しても貼りついた笑顔が気になった。
彼女としばらく生活し、彼女は「多忙な金持ち夫婦の礼儀正しく育ちの良い子」というただ自分の役割を演じているだけだと気が付いた。
その姿は、違和感を感じながらも無邪気な子供で居続ける当時の自分の姿と重なった。
彼女と僕は、哀れな同族。
何年も時を重ねるにつれ、彼女への同情は恋へと変わった。
僕は彼女と共に歩みたいと思った。
同じ苦しみが分かるからこそ、僕は彼女を一番に理解できる自信があったのだ。
ルカさんの家族は父はホテル経営者、母は美容クリニック経営者。
彼女と結婚したら、どちらかを継ぐ覚悟は必要だ。
興味がある分野としては、断然に美容クリニック。
美しいのは、生きる糧。
美しくなると、自信がつく。
実の母を見ていると嫌と言うほど分かったし、麗様もアトピーが治っていくにあたって、おもしろいくらいに活き活きとしていった。
ルカさんへの覚悟を勝手に決めたその日から、僕は経営者としてのスキルを磨きつつ、医師の資格を得られるよう勉強した。
また、ルカさんと並んでも、美容系の医師としても恥ずかしくないように、身なりやスキンケアにも気を遣った。
金銭面でも、ビジュアルでも、彼女に恥ずかしい思いはさせたくなかった。
それに、僕自身もコンプレックスを抱えるのは許せなかった。
ルカさんとの結婚が決まってから「現地の動物が見たい」と、彼女は一人でオーストラリア旅行へと旅立った。
僕は旅行が好きではない。
理由は無駄が多いからだ。
わざわざ長旅をして、高い旅費を払い、時間に縛られなくても、現地の料理など都内レストランで食べられるし、風景や動物だっていくらでも映像で楽しめる。
亡くなったと聞いて、僕はやはり彼女をあのとき止めるべきだったと心の底から後悔した。
もしくは、一緒に行くことで危険を回避することできただろうと。
僕には無駄かもしれないけれども、ルカさんにとっては心躍る出来事なのだから。
どんなに嘆いても、彼女はもう帰らない。
分かっているのに、僕はルカさんへの想いを止められなかった。
今思えば、愛情ではなく同士としての執着なのかもしれない。
そんななか、由香さんが現れた。
彼女もまた、容姿に悩む美容クリニックの客の一人。
ほとんどの客は、「目を大きくしたい」「鼻を高くしたい」など具体的な要望があるが、彼女は違った。
「誰かに無条件で愛してもらえるような、自信がつく見た目に変えてほしい。なんなら、あなたのタイプの見た目にしてほしい。できれば自分と付き合ってほしい」と。
気が付いたら、僕はルカさんの顔を再現してしまっていた。
彼女に似せた青い瞳に近付けるため、カラーコンタクトまで指定した。
由香さんはとても喜んだ。
由香さんを幸せにすることが、僕のルカさんへの償いだと信じた。
その後、彼女はすぐに亡くなってしまったが、僕は由香さんの死を受け入れられはしなかった。
彼女の遺体を運び、眺める。
何も語らずに目を閉じた姿は、まさにルカさん。
僕は彼女が、ルカさんなのか由香さんなのか本気で分からなくなった。
そのうちに、ルカさんは発見されて生きていたものの、事故のショックで意識がない状態なのかもしれないと信じ込むようになった。
意識がなくても、側にいるだけでいいと思ったのだ。
でも、ルカさんは生きていた。
僕はちっとも、ルカさんを理解出来ていなかった。
彼女にふさわしい結婚相手になるどころか、彼女の立場を利用したとまで罵られた。
僕の思考は混乱を飛び越えて停止した。
訳が分からないまま、意識が
このまま、生きていても仕方ない。
僕を受け入れてくれた、2人の彼女と最期を過ごすのだ。
炎に包まれる別荘で、揺れる意識のなか、誰かが僕の目の前に腰掛ける。
「逃げてください」
僕は目の前の人物を追い払う。
年齢にはそぐわない、ノースリーブの派手なピンクのワンピースの女性。
炎が揺らめくにつれ、ピンクが
彼女はいつもワンピースを来ていたし、どの色も恐ろしく彼女に似合っていた。
穏やかに笑うと、しわの目立つ顔がくしゃりとなるものの、美しい。
僕の実の母であり初恋の人は優しく、甘く、呟いた。
「最期くらい、愛おしい人と一緒にいさせて」
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