第69話

 今回の移動、最後のバスを降車する。


「やっと着いたな。遠かった……」

「そう? 電車にいろいろ乗ったし、駅弁も初めて食べられたからわたし的には大満足だったんだけど⁉」


 途中でお昼になってしまったので、駅の売店で駅弁を買って列車の到着待ちの間にホームの待合室で昼食をとったんだ。催事場での駅弁フェアで駅弁は買ったことがあったけど、本物の駅弁は俺としても初めてだったのでちょっとテンション上がり気味だったのは内緒だよ。


「……そっか。萌々花が喜んでくれるんだったら俺としても無問題だな、良かった!」


 今は伊香保の温泉街にある石段の前で、やっと着いたことにほっと胸をなでおろしたところだ。実は今回の俺、新幹線やほか在来路線にしてもほぼ初めて乗るようなところばかりだったのでずっと緊張しっぱなしだったんだ。やっぱり萌々花にあたふたする自分の情けない姿は見せたくないじゃん?


 なんにしろ旅行に出かけるのも自分でそれを立案するのも全部初めての経験で、ちょっと軽く考えていたけどけっこう大変だったりした。大きい駅での時間のない乗り換えも時間が有り余る田舎駅での乗り換えもどっちも初めての経験だったもんでね。そういったところで、失敗したりまごついたりするのはエスコートする側としてはかっこ悪いじゃない?


 だから、いつもかっこいい彼氏でいたいと思っている俺としては頑張ったってわけ。


「良かったね~ちゃんと着いて。ドッキドキだったもんね?」

 う~ん。俺のかっこつけはすっかり萌々花にバレていたような気もしないでもない……。


「よ、よし。チェックインまで時間があるから階段の一番上にある神社をお参りついでに階段周りのお店を覗いていこう」

「お~‼」


 早速階段を登っていくことにした。登り口には石碑看板で『これより石段 参百六拾五段』と書いてあった。思いの外段数があって驚いたよ。


「階段の真ん中にのぞき窓があるね! あれなんだろ?」

「ホントだ。あっ、お湯が流れているみたいだぞ」


 階段の途中にガラスがはめ込んである窓があってなんだろうと覗いたら温泉の通り道だったみたいだ。小間口というらしい。


「茶色いね」

「ああ、たしかここのお湯は茶色かったと思うぞ」


 黄金の湯って言われる硫酸塩泉で――もともとは無色透明らしいが、温泉に鉄分が含まれるため空気に触れると酸化して茶褐色のお湯になるって書いてあったな。透明なままのメタケイ酸っていうのが含有された白銀の湯っていう温泉もあるらしいけど。


「あ、漣! あれ美味しそう!」

「ん? 石段玉こんにゃく、か? 名物なのかな、食ってみるか」


 昼飯は駅弁で済ましたけど、食べてから時間もけっこう経ったし小腹も空くころ。階段も登っているしね。ま、群馬といえばこんにゃくでしょ? 良くは知らないけどさ……。料理の材料として下仁田ネギとこんにゃくってイメージがこびりついているだけなんだけどな。


「あっちのお店はおまんじゅう売っているよ! 蒸したてだって!」

「じゃあ、あっちも買って……、そこの足湯に浸かっておやつ休憩しようか?」


 石段街も半分を過ぎてそろそろ三分の二は登りきった二一二段めあたりで一休みすることにした。階段に段数が書いてあるんだ。ご親切にもね。


「うんまい! こんにゃくも美味しいけど、できたてのおまんじゅう旨し!」

「なんか、温泉まんじゅうって伊香保ここが発祥らしいよ」


「へ~そうなんだ。そういえば何で温泉まんじゅうって茶色いんだろ。ふつうおまんじゅうって白いんじゃなかったっけ?」

「うん。ほら、さっき小間口で覗き見たここの温泉は茶色かったじゃないか……」


「‼ あっ、お湯が茶色いからおまんじゅうも茶色なんだ」

 そういうことらしい。正式には湯の花まんじゅうって名前みたいだな。


 足湯に浸かっていると体全体が温まってくる。雪もちらほら舞っているのに足湯に浸かっていると寒さを一旦忘れさせてくれるみたいだ。


「ねぇ、漣」

「なに?」


「あれ」

 と言って萌々花が指差す先は【射的】の看板である。


「やりたいのか?」

 こくんとうなずく萌々花。


「わたしの中のスナイパーな血が騒ぐのよ」

「……遊びたいだけだろ?」


 足湯を出て眼の前の射的屋さんに入ってみることにする。お祭りというイベントでは射的という露店も出ていることもあるって話は噂では聞いていたけど、ここでは店舗を構えている店がここまで来る間にも何件かあったのはみていた。夏祭りも中学のころ樋口美鈴と一度きり行ったことがあったな――あまり覚えていないけど、なんかいろいろと買わされたような記憶だけがある。


 頭を振って嫌な記憶を吹き飛ばす。


「どうしたの漣? 首なんかブンブン振って……この真冬に虫でもいたのかしら?」

「ん……なんでもない。ささ、射的屋さんに入ろうぜ。初めてだから新鮮な感じだよ」


「まぁ嫌な思い出も上書きすればいいと思うわ」

「……」

 あれ? 気づいてたの……。


 萌々花は自らをスナイパーといったように見事にマトに弾を当てて得点を重ねて行っていた。一方の俺ときたら、そもそもマトに当たらなかったり、当たるけど得点にならなかったりと散々な結果に終わった。

 もらえる景品だって大したことないんだけど、萌々花の貰っただるまのオブジェが羨ましいったらありゃしないんだよ。俺なんか残念賞のアヒルのゴム人形一個だぜ……。


「へぇここの神社は縁結びの神社なんだって!」


 御祭神は大己貴命おおなむちのみこと少彦名命すくなひこのみことの二座。大己貴命は縁結びの神でもあり、家内安全や子宝祈願や安産、縁結びのご利益があるとか……。


「(子宝はまだいいかな? 家内安全を祈っておこう……)」

「? どうしたの漣。神妙な顔しちゃって……。わたしとの縁をよ~くお祈りしているのかな?」


「……まあ、そんなところだよ」

 今はNO子宝が家内安全に不可欠なのでそこんとこヨロシク!


 この後は飲泉所にまで行ってみて、日本一不味いというお味の温泉を口に含んだところでちょうどチェックインするにはちょうどいい時間になった。


「漣……何であんなに不味いのに言ってくれなかったの? 鉄臭いって言うよりもうあれは血じゃない……。思い出しただけで気持ち悪いよ」


「ごめんごめん。ついうっかり……。ほんと不味かったな、ネットの評判もバカに出来ないな。あははは」


「もうっ、笑い事じゃないよっ」


※※※★※※※

実は伊香保温泉は泊まったことは無いんです。何度も行ったことはあるんですけどね。飲泉所の温泉水は本当に不味いらしいので、もし行かれたらどうぞ飲んでみてください。わたし? 絶対にいらないですよ!

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