第58話
「はぁ……」
「どうしたんだ? 萌々花、ため息なんてついてさ」
十月のとある月曜日、今日はバイトが休みなのでのんびりと学校から帰宅している最中に萌々花が本当に憂鬱そうに深い深~い溜め息をついた。
「え、だって中間テストだよ。テ・ス・ト。漣が教えてくれているお陰で以前よりはいくらかはわたしも勉強ができるようになったって言っても、嫌なものは嫌だしね……ゆーつだよ」
「学校の定期テストなんて日頃の授業の要点チェックでしかないじゃん。先生の出すテストじゃ捻くれた重箱の隅を突くような問題はまず絶対に出ないしさぁ」
模試なんかではそういう変な問題も無きにしもあらず、だけどね。学校の先生は、そこは素直な正しく教科書通りな問題しかほぼ出してこない。
「やれやれ、漣は勉強ができるからそういうこと言えるんだよ。わたしにはそんな余裕はないんですけどねぇ」
「ふ~ん、そういうものかね?」
「そうだよ! 漣、今回もしっかり勉強教えてね!」
「ん~、おっけ」
萌々花に勉強を教えるのは吝かでないし、寧ろ手取り足取り、腰取り教えてあげたいぐらいだよ。
「ところで、いままで聞きづらかったからとくに聞かなかったんだけど、漣ってテストの順位ってどのくらいなの? ああ、言いたくなかったら言わなくていいからね。ちなみなわたしは一二〇位でジャストの学年ど真ん中だよ」
うちの学年の人数はたしか二四〇人ぐらいだったと思うから、本当にど真ん中なんだね。風見鶏たちとつるんでいた頃は下から数えたほうが早いってほどの下位にいたってはなしだから、萌々花は萌々花でだいぶ頑張ったんだと思う。
「俺? 聞いてもつまらないと思うけど、一位、な」
「ん?」
「だから、一位。学年一位だよ」
俺は高校一年の頃までは都内のクソ進学校にいて、そこでもそこそこの順位を叩き出していたんだから特に進学校というほどでもない今の高校じゃ、余裕で一位は取れます。えっへん!
「うちのお兄ちゃんが学年トップな件……」
「いきなり、兄ちゃん言うな! びっくりするだろ⁉」
一応、義兄妹なのは秘密事項なんだから天下の往来で暴露するようなことしないでくれ!
「しょうがないじゃん! ドヤ顔で『いちい、な』なんて言うんだもん。むかっきー」
「聞いておいてなんて理不尽……」
中間テストの日程が近づくにつれバイトのシフトを徐々に減らして、空いた時間を試験勉強に充てることにした。なんでか今回の萌々花は試験に対する気合いの入れようが前回と違っている、というか本気度が違っていた。
「まずは暗記系だな」
「ううう、そこから? 一番苦手なやつだよ」
「そうなのか? 考えようによっちゃ、暗記系って勉強っていうよりただ覚えるだけだから簡単だと思うんだけどな。じゃね、まず始める前に一般的に言われている暗記法ってやつを教えるよ」
暗記するものを書く、声に出して読む、マーカーで線を引くなんて定番から、語呂合わせや関連用語を一緒に覚える方法などを萌々花に教えていく。
「あとはね、意識を取られないような音楽をBGMで流したり運動したりしながらの暗記も人によってはいいって聞いたこともあるし、暗記する用語そのものを誰かに説明してみるとかも記憶の定着には定評があるようだよ」
でもとどのつまりは、何度も何度も繰り返し覚えることで記憶に留めるしかないんだけどね。
「よく寝ることも絶対に必要だよ。テスト前だからって遅くまで勉強していて寝不足になると逆に記憶の定着が悪くなるんだよ。睡眠と休息は大事、ってことも忘れないで」
「わかった。がんばる! じゃあ、しばらくはえっちはオアズケってことだね」
「そ、その意気、その意気……そっか、そうくるのか」
テストまでまだだいぶ期間があるけど、まさか全期間オアズケってことはないよね?
ないよね?
わからないところを教えてあげたりしながら毎日頑張っていたら、あっという間に中間テストはやってきて――あっという間に過ぎていった。
「わたしやったよ……やったよ……たぶん、やったとおもう」
「ああ、頑張ったもんな。すごい気合いが入っていたもんな」
「うん。たぶん目標ができた、からかな?」
「目標?」
「あのね、わたしも大学に行きたいと思ったの。前までそんなことは、ひとっつも思ってもいなかったんだけど」
確かに萌々花からは進学したいなどとう話は聞いたことがなかった。どちらかというと就職を第一に考えているような雰囲気だったもんな。
「そうか。俺的には萌々花にも大学に行ってもらいたかったからいい傾向だと思うんだけど。でも突然にどうしたんだ?」
「えっとね。文化祭の時お洋服を直したじゃない? そうしたらみんなが喜んでくれて――わたしもすごく嬉しくなったの。そこから、そういう服飾の勉強をもっとしたいって思うようになったの。だから、かな」
服やバッグを作っているときの萌々花は確かに活き活きとしている。もっと学びたいもっとたくさんのことがしたいと思うのは当然の成り行きだと思う。
「そっか。じゃあ俺はその萌々花の思いを全力で応援するよ」
「で、でも学費とかお金が足りないからアルバイトもいっぱいやらないと――」
「あ~、そういうの気にしなくても大丈夫だから。萌々花は萌々花のやりたいことをやってくれたほうが俺も、両親も嬉しいと思うはずだよ!」
「でも……」
ホント気にしなくても大丈夫だからね。俺、実の親たちから大学二回行ける分以上の賠償金をふんだくっているし、誠治父さんも腐っても兄弟、血は争えないのか、実父と同じように、お金儲けの才があったようでジムの経営で利益をガッポガッポ稼ぎ出しているって話だ。つまり、我が家はお金にはだいぶ余裕があるってはなし。
「でももへったくれもなく、萌々花は間違いなく誠治父さんと佳子母さんの娘だし、俺の妹なんだ。おもいっきり甘えてくれたほうが絶対に嬉しいに決まっている。な? 俺がもっと両親に甘えろと言われているんだから萌々花だって一緒だよ。わかるだろ?」
「う、うううっぅっぅ……おにいちゃん!」
「お、お兄ちゃん呼ぶなっ! 甘える方向が違うって!」
自分で妹云々言っておきながらなんだけど、やっぱお兄ちゃん呼びは慣れないなぁ~
※※※★※※※
甘々兄妹編でした。
おもしろいな、次が読みたいなと思ってくれたらぜひ★をお願いします。
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