第57話

一人での帰宅・・・

※※※★※※※


 駅からの道を一人自宅まで帰る。

 九時過ぎとはいえ飲食店もあるし、コンビニもあるので人通りはゼロではない。


 そんな道を久しぶりに一人で歩いている。九月も後半になるとだいぶ暑さも落ち着いてきており、秋が近づいてきている雰囲気が虫の声などからも感じられている。


「ただいまぁ~」

「……」


 あれ? 萌々花の返事がない。先に萌々花が自宅に帰っている時はほぼ迎えに出てきてくれるんだけどな。


 部屋の明かりがリビングを隔てる引き戸に着いたガラス窓から漏れてきているので在宅なのは間違いなさそうだけど……。

 玄関を上がり、洗面所で手を洗ったらそのままリビングの方に向かい、仕切りの引き戸を開ける。


 途端、部屋の灯がにわかに消えて、代わりにろうそくの火がぽっぽっぽっと灯されていく。


 何ごと?


「ん? ど、どうした、萌々花?」

「ハッピバースデートゥユー♫ ハッピバースデートゥユー♪ ハッピバースデーディア れ~ん~ ハッピバースデートゥユー♫ お誕生日、おめでとう!」


 えっ、え? ええぇ? 誕生日?


 びっくりしている間に俺は萌々花に腕を引かれてテーブルの前に座らされる。


「さぁ、一気に吹き消す――前に写真撮らせて! はいチーズ!」


 カシャリ。スマホのカメラで写真を撮られたが、今の俺は相当呆けた顔で写っているに違いない。


「さあ、今度こそ一気にろうそくを吹き消してね!」

「……おっ、おう。フッ~」


 一息で、大きいのが一本、中程度のが一本、小さいのが二本の火の灯ったろうそくを消す。

 このろうそくは大きい方から十、五、一を表しているのだろう。


「おめでとう! 漣、一七歳おめでとうございまぁ~す‼」

「あ、ありがとう……。びっくりした……。いや、本当に……」


 今日が自分の誕生日だったなんてすっかり忘れていたよ。


 物心つくようになってから誕生日なんて祝ってもらった記憶が俺には無いんだ。俺の小さい頃から実両親の夫婦仲は良好とは言えない状態だったからな。たぶん俺の誕生日のことなんて彼らには興味がなかったんだろう。


「明かりつけるね~」

「う、うん……」


 未だに呆けたままテーブルの上に鎮座する誕生日ケーキを眺めている。


 実は誕生日ケーキも初めてだ。


「ごめんね。今日はもう時間が遅いからごちそうは明日の夜に作ってあげる。今日はケーキと普通のお夕飯で許してね?」

「あ、ううん。ぜんぜん大丈夫。あのさ、このケーキもしかしたら萌々花の手作りなの?」


「あはは。ちょっと不格好なのがバレちゃったかな? スポンジは買ってきたやつだけど、クリームも飾り付けも頑張ってみたよ。どうかな? 思いの外うまくできたと思っているんだけど?」

「うん、すごく上手にできていると思う。わざわざ俺のために、ありがとう」


 ほわほわと心の奥底の方から温かいものがせり上がってくる。


「はい。わたしからのお誕生日プレゼントはサコッシュバッグで~す! 気にいってくれたら嬉しいな! あとね、お父さんとお母さんからもプレゼントが届いているんだよ」


 萌々花から貰ったのはインディゴブルーの帆布でできたサコッシュ。以前から探していたけどちょうどいいサイズのものが見つからなくてまだ買っていなかった、欲しかったバッグだ。


「え、あ、もしかしてこのサコッシュバッグも萌々花が手作りしてくれたの?」

「そうだよ~ ほら、ここのタグ見て! 『Momoka‘s Love』ってさり気なく刺繍してあるでしょ?」


 すごい。店に売っているものと遜色ないどころか、俺の欲しかったサイズにドンピシャなので最高以外に言葉がない。


「う……う……うぅぅぅ……あじがどう……」

「ど、どうしたの? アレ? なんで泣いているの? え? ねえ、漣?」


 ただふつうに嬉しかった。


 自分でさえ忘れていた誕生日を萌々花に祝ってもらえている。


 萌々花が俺のためにケーキを作り、プレゼントを縫ってくれた。


 父さん、母さんからもプレゼントがある。誕生日祝いのメッセージカードも添えてあった。


 みんなに俺の誕生を喜んでもらえている。


 それは俺の存在を嬉しいと思ってくれているという証左。

 その思いに温かい思いと熱い感動で我慢できずに涙がこぼれてくるんだ。



「もう落ち着いた?」

「うん……、ごめんな。みっともなく、ちょっと泣きすぎた」

「いいんだよ。わたしもわかるもん。でも誕生日のお祝いが初めてだとは思わなかったけどね」


 萌々花は、彼女の母親はさておき、友達からの誕生日祝いはされたことがあるという。


「初めてだったから、ちょっと感動しすぎたんだよな」

「まあ喜んでもらえたようだし、わたしも満足かな?」

「うん、ケーキもごちそうさま。さすがに全部は食べきらないから残りは明日な」


 それでもホールケーキの半分は食べてしまった。せっかくの誕生日ケーキなので食べたかったから、ちょっと無理しちゃったかもしれない。明日にはニキビが吹き出ている可能性があるけど悔いはない!


 風呂上がりに貰ったプレゼントをみて俺がニコニコしていると萌々花がツツツっと寄ってきて俺の耳元で囁くんだ。


「あのね~ あとね。えっと、もう一つプレゼントがあるんだよ?」

「え? もう一つ……。いくらなんでももらい過ぎじゃないか? 両親からもトレーニングウェアのかなりいいヤツをセットで貰っちゃったし」


「ふふ~ん。じゃぁ~~ん!」

 何を思ったのか萌々花は着ていた自分のパジャマの上着をバッとはだけさせる。


「‼」


 萌々花は大きくて真っ赤なリボンをあしらった上半身ブラジャーだけの姿に少し上気した顔をして上目遣いで俺を見ている。


「あ、あの……。わたしをプレゼント……する、よ⁉」

「お、おう……。それは、いつも貰っているけど?」


「きょ、今日は漣の誕生日だから、い、いつもより濃厚で甘々なご奉仕をさせて頂くつもり……でしゅ」


 自分で言っていて相当恥ずかしかったのかセリフがカミカミである。しかも今まで見たことのないぐらい真っ赤で胸のリボンと同色に肌を染めていた。


「ゴクン……じゃ、遠慮なくいただこうかな?」

「ん。いっぱい食べて……」


「んちゅ……。ちゅるん……」

「あんっ、れ、れん……ベッドに行くの? それともここで……?」


 秋の夜長は始まったばかり。


 しかも明日は休日なんだ。


 俺と萌々花は心置きなくたっぷりと濃ゆい二人の夜を愉しみましたとさ。



※※※🌒※※※

涼しくなった秋の夜は、イチャつくにはベストかな?


終わりゆく夏を感じて、↓の☆を★★★にしてくださいね!

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