第56話

 文化祭二日目。

 秋雨前線が出張ってきてやや曇りがちではあるけれど、夜半すぎまでは雨は降らないとの天気予報に安心したりする。


 今日は一般公開の日。父母兄弟やご近所さんがお客さんとしてやってくるらしい。うちの文化祭は毎年相当盛況になるらしく、めぼしい出し物には朝からもう行列ができている。


 俺と萌々花は、夕方からの行動が生徒会に拘束されるので、それまで自由に遊ばせてもらう。


「今日は体育館を中心に見たいんだけど、いいかな?」

「もちろん。俺も体育館のバンド演奏とか興味あるよ。あと、なんか劇もあるんだろ?」


 自分たちばかりがなんの手も動かさず遊んでばかりいるのもなんとなく申し訳ないので間々あいだあいだにクラスの森の仲間たちカフェにも顔を出して手伝いを買って出たりした。その甲斐あって萌々花もほつれたり破れたりした衣装をその場で補修したりして大活躍だった。前準備だけじゃなくて、本ちゃんもアオハル文化祭したいじゃんね?



 日が傾き、一般客の送り出しが終わってからの後夜祭は二部構成で、体育館でのダンスパーティーからの校長のクロージング挨拶とその後、場所をグランドに移してのキャンプファイヤーとなっている。


 キャンプファイヤーは、火を使うためなのか先生方の担当なので俺たちは見ているだけなのだが、かなりの火柱が上がるそうなのでちょっと楽しみだったりする。そのあとに生徒たちは特別最終下校時刻の八時までに三々五々解散していくって感じらしい。

 そのなかで学級委員の俺や萌々花が裏方で頑張るのは一般客の送り出しとダンスパーティーの方だけだった。


 基本的なオリジナルダンスの振り付けなどは、文化祭実行委員のほうで準備期間中にレッスンを全校生徒相手にやっていた。まあしかし、決まった振り付けのまま踊るやつなんて少数でかなり自由に踊りまくっていた。中にはめちゃくちゃダンスが上手いやつなんかいてあちこちにそいつを囲む輪ができていたりする。


 で、そうなると盛り上がりすぎている者同士の小競り合いだの激しいダンスゆえの落とし物だのがあちこちで起こるわけで……。


 その始末が俺たち学級委員の仕事ってわけ。

「おい、お前ら。ちょっとぶつかったぐらいでいちいち喧嘩しないでくれよ⁉ 後夜祭なんて愉しんだもの勝ちなんだからさ。ほら、さあさあ、行った行ったぁ~」


 ダンスの最中にぶつかっただの足を踏みつけただの程度で喧嘩するんじゃないよ。なにしろ両者ともこの非日常に興奮しているからたちが悪いったらありゃしない。ともあれ風見鶏の件で学校中で有名になってしまっている俺が出ていくと大概大人しく引き上げてくれるので助かるけどな。仲裁に入っただけで、命だけはお助けくださいってくらいの謝罪を受けたりするんだけど、なんかこれってなんとも嬉しくない有名人特権だと思わないか?


 そんなこともあったりしたけど、俺と萌々花もダンスパーティーをじゅうぶんに楽しめたんだから御の字といっていいだろう。



「なんかこのキャンプファイヤーの最中に告白すると恋が実るとかなんとか言うらしいぜ」

「へぇ、偶に男女が暗闇に消えていくのはそのせいなのか⁉」

「まあ、僕たちには関係ないけどね」

 拓哉、俺、ジンでキャンプファイヤーを眺めながらそんな話をしている。


「でもロマンチックじゃない?」

「だよね。拓哉ももう一度あたしにコクってくれてもいいんだよ?」

「そうそう、仁志くんもやってみる? と言うかやってみてよ」

「じゃあ、漣もわたしを暗闇に連れて行ってよ?」

 え~俺、萌々花を暗闇に連れて行ったら別のことしそうだからやめておくよ。


 暗闇に行かなくてもいちゃついている俺ら六人は傍から見たらどう見えていたのかね?


 ああ。それにしても、なんかこのアオハルって感じが良いなぁ~

 実は恥ずかしながらずっとこういうのに俺は憧れていたんだよな。もう絶対にこういう経験など得られなくてつまんない青春時代を送るものだってずっと思っていたのに……。

「萌々花。ありがと」

「ん? よくわかんないけど、どういたしまして」




 文化祭もごく僅かな一部を除いてつつがなく終わって二週間ほど過ぎた週末の日。

 今日はバイトのある日だったが、萌々花はやむを得ない事情とやらで本日のバイトは休みをもらっており、しかたなしに俺一人さみしくバイト先に出勤している。


 因みにだが、前記『一部を除いて』の一部とは須藤だ。彼はキャンプファイヤーのときに同時にやっていた花火で大人気なくはしゃいでしまい火傷を負うなどという阿呆なことをやってのけていた。その際に佐藤先生が甲斐甲斐しく看病などするものだから彼らが交際していることがみんなにバレてちょっとした騒ぎになったんだよね。

 内緒の交際だってことさえ俺はすっかり忘れていた具合なんで、佐藤先生の行動にはなんとも思っていなかったけど、須藤は佐藤先生との交際は大っぴらにはしてなかったから恥ずかしかったようだ。俺は佐藤先生の行動を微笑ましく見つつ、火傷には水でしょ?ってホースでジャバジャバ須藤に水をかけていただけだったんだけどね。


 閑話休題。アホの須藤のことなどどうでもいいよな。


 萌々花が俺にこれといって理由も告げずに一人で何が別のことをすることなど今までなかったと思うんだけど、今日はどうしたのであろう? 親しき仲にも礼儀ありなので、何をするのかとかなんで休むのかとかは聞かなかったけど、気にならない訳はない。


「まさか俺の他に男が……。は、ないか。ないよな?」


 萌々花に限ってそのようなことはないとは思っているが、つい口に出してしまうと少し心配になるのも事実なんだよな。


 ジムのバイト中は週末って事もあってかなり忙しく、萌々花のことを考える暇さえなかったが、バイト終わりにスマホを見ると萌々花から『早く帰ってきてね♥』というメッセージが入っていたので、単純に俺の杞憂だった模様だ。


「えへへ……。よかったぁ」


 我ながらだらしない顔をしている自覚はあるのだけれど、心配していた反動の嬉しさで顔がにやけてしまうのも仕方ないと思う。俺は座席が空いているのにわざわざドア横で電車の揺れに身を任せながら他の乗客に間違っても顔を見られないように真っ暗な車窓を眺めるふりで羞恥を誤魔化していた。



※※※★※※※

電車の中でスマホ見ながらにやけているのって、けっこう恥ずかしいよね。

声に出して笑ったらもうアウトだろうけどw

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