第55話
「今日は家庭科実習室をうちのクラスで借りているから男女それぞれ一着だけ衣装を作ってみない?」
買ってきた布は今朝佐々岡くんが、篠田さんの家から持ってきてくれたので準備は整っている。佐々岡くん、朝イチで篠田さんの家まで行ったんだね。
「縫うのはわたしとシノちゃんでやるから、男子と那美ちゃんは布を型紙通りに切ってくれたらいいからね」
篠田さんもミシンは使えるようで、服は作ったことはないが、小物なら家で作っているそうだ。彼女のお母さんがそういうのが得意で教えてもらっているんだって。
「学校のミシンってあんまり良くないね」
「まあ、いろいろな生徒が使うから、使い方が悪いていうのかな? メンテナンスがたりないのよね」
萌々花と篠田さんは学校の備品のミシンは気に入らない様子でブツブツと文句を言っている。
特に萌々花は、彼女が以前から持っていた古いミシンではなく、今は俺が新たにプレゼントした業務用ミシンとロックミシンというやつを使っているからな。機械のレベル差がすごいんだと思う。俺にはどっちの良し悪しもわかんないけどね。
「あ、ふたりともそんなに丁寧に作らなくてもいいからね。今回は質よりも量だからさ。雰囲気可愛いで十分だから」
ミシンの使えない小牧さんだけど、リーダーだけあって、全体の方向性だけは伝えるのがうまい。メンバー全員が手をうごかし、あっという間に男女それぞれで一着ずつ衣装は出来上がった。
「じゃあ、那美ちゃんと小田島くん。着てみて⁉」
一番仕事量の少なかった二人がモデルとして抜擢されて衣装を着させられる。二人が着替えてきたら、萌々花と篠田さんであーでもないこーでもないと言いながら、直しをしていきながら縫製のコンセプトは固まっていった。
平日は放課後学校に残って、学校が休みの日は篠田さんのお宅にお邪魔させてもらったりしてバイトのない日はほぼ毎日文化祭の準備に明け暮れた。
何気に俺が女の子の部屋に入ったのは篠田さんの部屋が初めてだった。そのことで萌々花が少しむくれたのはご愛嬌だろう。
全員分の衣装が出来上がったのは文化祭の二日前。ぎりぎりになってしまったけど、いちばん大変だったのは萌々花と篠田さんなので、後でしっかり労おうと思う。
文化祭初日は正しく秋晴れと言うにふさわしい清々しい朝となった。
オープニングセレモニーの後は相変わらずの校長の長話からだったけれど、気持ちが既にお祭りに向かっていたのでさして苦にはならなかった。
周りのみんなにとっては高校に入って二回めの文化祭だろうけど、俺にとっては初めてなので緊張と期待にドキがムネムネなんだよね。
「前の高校でも文化祭はあったんでしょ?」
「あったことはあったけど、思い出したくもないつまらないものだったからノーコメで」
たしか、読まされた漢詩の一つはこんなのだったな……
千山鳥飛絶
萬徑人蹤滅
孤舟蓑笠翁
獨釣寒江雪
うん。柳宗元のこれ。これの書き下し文とやらをこの作の他にいくつか延々と読まされたんだよ。
俺は詩人じゃないんでね。これの何がいいのか分からなくて苦痛でしかない思い出なんですよ!
校長の話を萌々花と嫌な思い出と一緒に駄弁りながら聞くともなしに聞いていると文化祭開催のファンファーレが校内中に響いた。
「さぁ‼ 二年二組っ、森の仲間たちカフェがオーップン!」
「「「いらっしゃいませ~」」」
当初、森のカフェだったのが、男子に与えた被り物がなぜか好評だったせいで、女の子たちのアタマにもウサミミとかネコミミのカチューシャをつけることで森の動物が接客しているような感じに直前で変わったんだよな。
もちろんその動物耳も俺や萌々花たちの手作りの品だよ。一〇〇均カチューシャに耳を取り付けただけだけどね!
「ちょっとあのネコミミを萌々花にも付けてもらいたいんだけど?」
「? 今度ね。ああいうのが漣の好みなの?」
「ロマンじゃね⁉」
「……わかんないけど?」
えっ? 分かんないの? それはひどいっ! でも、まあ萌々花は今度付けてくれるって言うし、今は分かってもらえなくともおっけっしょ!
俺と萌々花は学級委員として初日の午前中と二日目の後夜祭の前辺りからは生徒会の手伝いに回されることになっている。後夜祭は手伝い中でも一緒に楽しんでもいいって話だから、裏方をやりながらも楽しみたいと思う。
「お腹すいた……」
「だな。ただの手伝いって言っていたのにだいぶこき使われた気がするよ」
うちの学校の文化祭はスタートした直後に一番トラブルが多いらしく、そのトラブルの解決に俺たちや他の学級委員、生徒会や文実委メンバーが東奔西走したんだよね。
それで現時刻は一三時二五分。腹も減るっていうの!
「グランドで父母会と先生方の屋台が出ているんだよな?」
「あ~ たこ焼きと焼きそば食べたい!」
「よっしゃ。まずは腹ペコをやっつけてから出し物を回ろうぜ。うちのクラスにもその時寄ろうよ」
「はーい。レッツゴー!」
「須藤におまけしてもらったのはいいけど、ちょっと食い過ぎたな」
「うん、お腹パンパンだよ。喉乾いたね、うちのクラスのカフェに寄らない?」
「おっ、いいね。この時間だと拓哉とジンが接客に出ていると思うんだよな」
拓哉、ジン、雫ちゃんは接客係で、北山さんは絶対に接客だけは嫌だと裏方に回っていた。
朝イチで雫ちゃんのウサミミ姿は見ていたが、その際に拓哉が泣いて喜んでいたので彼も俺と同類だと思う。ジンも北山さんにカチューシャだけでもってお願いしていたけど固辞されていた。ジン、泣いていたよ⁉ カワイソうっすね(笑)。
「あれ? 拓哉、被り物じゃないの?」
「あれさ、暑くって……。それで男もカチューシャになったんだけど、これもまた微妙だよな?」
クマミミをつけた拓哉が紅茶を運んできてくれた。
ちなみにジンは接客当番が終わった後の文実委の仕事中も着替える暇なかったようで虎耳プラス虎しっぽ姿だった。し○じろ○かよ⁉
一緒に仕事していた同じく文実委の大桑さんはウサミミつけていたので案外と気にいっていたのかもしれない……。
そのあと、俺と萌々花は他のクラスのお化け屋敷などの出し物を回って文化祭の初日を終えた。
くっそ! 思っていた以上に楽しかったぞ。文化祭、侮れないな!
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