第70話

 やいのやいのいいながら着た階段みちを戻り予約してある温泉宿までやってくる。石段街からほど近い宿なので、歩いてすぐに着いた。


 チェックインは父さんがしっかりと宿側と打ち合わせ済みだったので特に支障もなくあっさりと部屋まで案内されることになった。


「すご~い! 風呂が、露天風呂がお部屋にあるよっ」

「うん。部屋風呂が温泉露天風呂ってところで探していたからね。雪もちょうどよくちらつき始めたから今日は絶好の雪見風呂日和じゃないかな?」


「漣! ありがとう! 最高の誕生日になったよ~」

「ふふ、そう言ってもらうと俺も嬉しいな。さあ、最初は空いているうちに大浴場を各々堪能して夕食後に部屋風呂、露天風呂を十二分に堪能しようよ」


 せっかく温泉旅館に泊まるのだからいくら部屋に温泉があっても大浴場も堪能しなきゃもったいないからね。


「わーい! じゃあ、お風呂上がったら浴衣に着替えてくるねっ」

「おっけ。俺も浴衣にしてくるよ」


 まずは旅の疲れを広い大浴場の温泉で癒やしてこよう。俺たちは初めての旅行でゆっくりたっぷりと温泉を楽しんでいった。




「え? やばくない? 美味い美味すぎる……」

「あまり期待はしていなかったけど、これは期待を裏切る美味さだな」


 俺たちは宴会場に設えられた会場のテーブルにて夕食を頂いている。

 旅館のホームページでイメージされた写真と違い『本物はしょぼいんでしょ?』くらいの気持ちでいたんだけど、写真通りというか、写真以上のお食事に俺たちは舌鼓を打っていた。

 山の幸の会席料理と銘打ってあったので多少は楽しみにはしていたのだけれど、期待をしすぎると外れたときショックを受けると思ってあまり期待はしていなかったんだけどな。いい意味で期待を裏切られたって感じだ。


「このヤマメ、焼き立てで温かいままだからスゴく美味しいよ」

「こっちのきのこづくしみたいな和え物も旨味がたまんないぞ」


 今日は一応平日なので、ぎっちりと客がいるわけじゃないので結構ゆったりと各グループの食事のスペースがとってあって、嫌な騒がしさっていうのも無いのが嬉しい。


「そういえばさ~ 食前酒ってあったじゃない?」

「うん、あったね。あの小さいグラスに入ってたやつね。甘くって美味かったな」


「あれってわたしたち飲んじゃっても良かったのかな?」

「……どうだろうね。もう飲んじゃったし、今更なんじゃないの? なんで?」


「う~ん。なんかあれを飲んだ後から身体がポッポポッポしちゃって火照る感じだからこの感覚が酔ったというのかなって」


 言われてみると萌々花の目の周りが少し赤みがかっている気もしないでもない。やや薄暗い照明のせいもあるかもだけど、酔っ払って肌が赤いって感じはさすがに見受けられない。


「もしかしたら萌々花はお酒に弱いのかもな」


「うん。かもしれない……。昔、近所のおばさんに貰ったウイスキーボンボンを一つ食べただけでくらくらしたことあった気がするもん」


「それは相当だな……」


「もうっ、漣ったらわたしを酔わせてどうするつもりなの?」


 え? なんか小芝居始まったぞ⁉


「ふふふ、そんなこと萌々花だってわかっているだろう?」


 ノッてみた。


「もう、えっちね……」


「「ふふふふふ……」」


 阿呆なこと言いながらも箸はまったく止まらない。

 テーブルの上で焼かれていた、いつが焼き頃でいつ食べればいいのかちょっと迷った上州牛の朴葉焼きは口に入れた途端溶けてなくなったし、山菜の天ぷらはサクサクでちょっと苦い感じが大人だと思った。ご飯は白飯ではなくて、これまた山菜の炊き込みご飯だったんだけど、初めて食べた俺には衝撃的な美味さだったよ。

 そうそう、鯉の洗いっていうのも小鉢にあって、これも初めて食べたけどあの川で泳いでいるやつがこんなに美味いなんて衝撃だったね。萌々花と二人でやいのやいの言いながら食べていたら、あっという間に食後のデザートまで食べきってしまった。最初は料理が多すぎて残すんじゃないかと思ったのはまったくの杞憂だったようだ。


 部屋に戻って一旦食休みをしたら、今度こそ一緒にお部屋付きの露天風呂に萌々花と一緒に入ろうと思う。


 家でもよく一緒に、というかほぼ毎日一緒に風呂には入っているけどこういう露天風呂っていうのに二人で入るっていうのは情緒があって雰囲気がとてもいいもんだ。


 俺たちの部屋は玄関口を入って正面が十畳の居室で玄関口から左手に細い廊下を抜けた先に露天風呂が設えられた小部屋がある造りである。湯船は総檜造り……と思われるが、本当のところよくわからない、かなり立派な大きな造りをしている。ちょっと無理すれば四人ほどは同時に湯につかれるほどの広さで足を伸ばすどころか、大の字でぷかぷか浮かぶことだってできそうだ。しないけど……。


 かけ流しの黄金色の温泉を湛えた湯船に真っ白な萌々花の足がするすると入っていく。


 ちゃぷん……。


 俺にならタオルで隠したりする必要はないけど、ここは情緒ってやつを重要視してタオルで胸から下を隠したまま湯船に浸かってもらう。


 すごくいい……。


「こういうの、いいな」

「うん。いつもは対面でしかお風呂に入れないけど、こうやって並んでお湯に浸かるっていうのも気持ちいいね」


 それもいいけど、隠されたエロスっていうのもとてもいい。温泉サイコーです。


 家の風呂では幅が狭くって、どうやっても対面して浸かるしか方法がなかったけれど、ここの湯船だったら萌々花と並んでいてもだいぶ余裕がある幅があった。


「後ろからも抱きつけるぞ?」

「え~ ちょっと腰のあたりにナニか当たるんですけど~」


「し、仕方ないだろ? 萌々花が魅力的すぎるから無意識に反応しちゃうんだよ」

「ふふ。そんなにわたしって魅力的なの?」


「当たり前だろ……」

 どうしよう、まだ風呂に入ったばかりなのにもう風呂を出てオフトーンに向かいたい気分が溢れ出てきているんだけど……。隠しきれないエロスがかけ流しになってます。


「あっ、漣! 見てみて! また雪が降ってきたよ」

 露天とはいえ、屋根まで全部開放されているわけではなく、湯船の奥側が窓もなく開放されているタイプの造りなので雨が降ろうと雪が降ろうと身体にそれらがかかることはない。


「開放されている四角い枠が額縁みたいに見えるな。雪が降ると水墨画みたいな感じになるんだなぁ」

 露天部分の向こう側は山であり、雪をかぶった木々がライトアップされていて非常に幻想的だった。


「とっても綺麗……。今日は忘れられない誕生日になったよ。ありがとう、漣」

 しんしんと雪の降るなか、俺と萌々花は風呂でも、布団の中でも熱く熱く身体を重ね合わせた。





 翌朝の朝ごはんの時間は一番遅い時間に予約しておいて正解でした! 二人して眠気眼をこすりながらこれまた美味しい朝食をいただきました。



※※※★※※※

宿のご飯が当たりだとテンション上がるよね。温かいものが温かいだけで美味さ倍増だもの。

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