第19話
今週もよろしくおねがいします。
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何時やられた⁉
今朝、自転車を停めたときは当然ながら何も問題は無かったし、周りにも生徒が沢山いたので犯行に及ぶことは不可能だっただろう。
十中八九犯人は風見鶏のグループの奴らだろうが、
授業中には
唯一、時間が長く俺が彼奴等を確認出来ていないのは昼休みだが、ジンや北山さんの話によれば、昼休み中はずっと食堂にいたらしいからな。
壊された萌々花の自転車の横に立ち回りを見回す。
駐輪場は体育館の裏手に有り、一度無人のここに入り込めば他人に姿を見られることはなさそうだ。
校舎の昇降口とは反対側の裏門の方から駐輪場に向かえば近道にはなるが、他の教室の前を通ることになるので目撃されるリスクも多い。
かといって正面から回ろうとすると、体育教師用の体育館職員室の前を絶対に通ることになる。授業中などおかしな時間にそこを通れば目立つこと請け合いだ。
言い方は悪いが自転車を壊す程度の嫌がらせだったら風見鶏本人が手を下すとも思えない。誰か彼の言うことを聞くような奴に命令してやらせていると思う。
となると、いつも
だけど、風見鶏が他の奴らと一緒にいるところなんてこの半月でも見たことないよな。
「萌々花。ショックを受けているところに悪いが、一つ聞いてもいか?」
「うん。ショックはショックだけど、思いの外平気だから大丈夫。だからなんでも聞いて」
自転車が壊されて何も思わないということはないだろうが、ちょっと前の萌々花よりは少し強くなった気がするな。
さて……
「あの風見鶏ってやつの仲間はどれくらいいるんだ?」
「ん、あいつの仲間って言えるのは一年のときから一緒にいるあの五人だけじゃないかな? 甘えん坊のお坊ちゃまって感じだからわがままが過ぎて人が離れて行くんだよね」
かつての萌々花は自分の居場所を求めて偶々あいつの傍にいただけ。今はもう雫ちゃんや北山さんがいるからあんな下衆の傍にいる必要はない。
ずっと心を蝕んでいたクズな母親も既にいなくなったんだ――あ、いくらなんでも他人の親をクズ呼ばわりするのは流石によろしくない、反省。
「後輩とかは?」
「わたしの知る限りでは交流はないよ。後輩なんて先輩の自分が面倒見なきゃじゃない? 自分が甘やかされたいのに面倒見なくちゃいけないなんて彼的にありえないんだと思うよ」
なかなか清々しいほどの小者っぷりだな。
そうなるとやはりあの連中の誰かになる。
もう一度自転車を見ると、サドルは鋭利なもので切り裂かれて中のウレタンが覗いている。タイヤも穴をあける程度ではなく切り裂かれて中のチューブまで真っ二つ。
これを切り裂くだけでもかなりの力がいるし、道具もそれなりじゃないと切れないよな。しかもご丁寧にタイヤのスポークもぐにゃりと曲げられている。
タイヤ交換ぐらいでは元通りに直させないという強い意志が感じられて非常に気持ち悪い。
まず男なのは確かだ。道具があってもあのグループの三人の女子ではこの所業はどうみても無理だろう。
「ねえ、漣。自転車の針金のところ(スポーク)を曲げたのってこのパイプかな?」
1500mmぐらいの単管パイプが駐輪場の反対側の体育館の隅に重ねてある粗大ごみの間に隠すように置いてあった。
その横のボロ布袋には大型のカッターナイフに万能ハサミと言われる銅線も切断できる様な工具も入っていた。
「間違いないだろうな。使い古した感じがあるから、何処かの作業所か現場から盗ってきたものだろうな。ん、なんだ? 他にも底の方に何か入っている」
袋をひっくり返すと、缶コーヒーが一本転がり出てきた。
「缶コーヒー? ……ああ、そういうことか」
「え? 何か分かったの?」
「たぶん。当たっているとは思うけど確証はないんだよな」
今朝、風見鶏は
俺はコーヒーを食堂の自販機で買ってこいと行っているものだと勝手に解釈していたが、風見鶏は損切くんに『あそこに行ってコーヒー持ってこい』と言っていたな。
つまりは、本格的に授業が始まる初日の今日は遅刻してくる者もいないだろうから、そのタイミングで萌々花に嫌がらせを仕掛けてきた、ということじゃないだろうか。
まだ外にいてもギリギリおかしくない時間帯、既に誰もいない駐輪場。カッターでサドルを引き裂き、万能ハサミでタイヤを切る、スポークは単管パイプで力任せに曲げるといった具合に……
慌てたのか時間が迫ったのか知らないが、道具の始末も適当で他の不要物の中に単に放り込んであっただけだった。
「これだな。萌々花の自転車を壊した道具は。で、このコーヒーは風見鶏が戸影に命令する暗号だったんだろうな」
わざわざ缶コーヒーを布袋に入れていたのはなんのつもりかはわからんが、入れておいて持ち帰るの忘れていれば世話ないな。
「漣、何かわかったの?」
「ああ、この缶コーヒーっては今朝――」
一通りの説明を萌々花にしてこれからの行動を問う。
「で、どうしたい?」
「どうしたいって何を?」
「萌々花は奴らに仕返しがしたいかってこと」
「ううん。腹は立つけど仕返しをしたところでまた何かやり返されるだけだと思う。だから……放っておけばいいんだとわたしは思うんだけど、どうかな?」
……強いな。
「俺も同感だ。何をされても無視して、こっちが動揺など全くしていないって態度を示すことが大事だと思う」
「漣もそう言うなら、わたしはそうするよ」
俺は萌々花に嘘をついた。本当は俺の中では腸煮えくり返るくらいの怒りが内に隠っている。
ただ、萌々花が良いというものを俺が態々ひっくり返す必要はない。
自転車が壊されたのでバイトには間に合わないのでバイト先の喫茶店に今日は休む旨を萌々花に連絡させた。
喫茶店のオーナーは快く急な申し出を許してくれたようだ。
「良かったな。休めて」
「うん。あそこの喫茶店のオーナーは漣もこの前見ただろうけどおじいちゃんで趣味でやっている様なものだっていつも言っているから」
萌々花がバイトに来るから店を続けているようなものらしい。可愛がられているな。
それを思うとまた風見鶏に対する怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「重くない?」
「軽くはないけどこれくらいはどうってことはないよ」
あんなところに如何にも嫌がらせされましたって感じの自転車を置いておくわけにはいかないからな。
自転車には氏名とクラスを記入することが必須なので誰がやられたのか直ぐ分かってしまう。何らかの噂は立つだろう。
風見鶏の連中はそれも目的なんだろう。
そんなことはさせない。俺は壊れた自転車を担ぎ人気のない道を通りながら帰宅する。
「俺はこの先にあった自転車屋にこれを持ち込んで見るよ。直せたら直すし、駄目なら処分をお願いしてくる」
「うん。ごめんね」
「謝るな。萌々花は何も悪くない。俺に対し負い目を感じることは一切ないからな? 間違えないでくれ」
「う、うん。ありがとう。わたしは洗濯物とか片付けておくね」
ちょっと語調がきつくなってしまった。イラつきが漏れ出ているのかもしれない。
個人店の自転車屋に壊された自転車を持ち込む。
「すみません、こんにちは」
「はい、いらっしゃいませ。どうしましたか?」
「実はこれなんですが――」
壊されたことと直せるなら直したい旨を店主に伝える。
「大事な彼女の自転車かい?」
「え? いや、そういうわけでは……」
「それにしては相当君は怒っているようだけど? これをやった相手のことは絶対に許さない! みたいなね」
全く他人の自転車屋のおじさんにまで俺の内面がだだ漏れしているとは……
「まあ。気持ちは分かるよ。おじさんも自転車屋さんだからね。自転車がこんな目にあったら許せないもの。それが大事な人のものだったら余計だよね」
「……」
「中古のでいいなら、安く直してあげられるよ。全く同じとはいかないけど、遜色ないほどにはね。五千円で良いよ、消費税はおまけな」
「え、そんな。ちゃんとお金は払います」
「おじさんの見積もりに文句あるのかい? おじさんが五千円と言ったら五千円なんだよ、な?」
「ありがとうございます」
「ああ、それくらいが丁度良い。肩肘張るなよ少年。君が怒る気持ちは分かるが自転車は部品を交換すれば直る。でも、君や君の彼女は壊れたらそんなに簡単に治せないんだぞ」
周囲の仲間や大人とよく相談して無理無茶は絶対にやってはいけないよと諭された。
俺はずっと一人だったから何を解決するにも一人で全部対処してきた。
その癖が悪い方向で出ていたようだ。
今の俺には、萌々花がいる。養父母もいる。拓哉やジンたちのような仲間もいる。
忘れちゃいけないのにすっかり忘れていた。
「本当にありがとうございます。修理の方もよろしくおねがいします」
自転車屋さんのおじさんには感謝しかない。九〇度のお辞儀をしてから店を出た。
「ただいま~」
「おかえり……? 何かあった?」
「えっ、なんで?」
「さっきと雰囲気が全然違っているからどうしたのかなって思ったの。さっきはなんだか怖かったもん」
萌々花にもやっぱり気づかれていたのか……
「ごめん。もう大丈夫」
「そ、ならいいや。夕飯は一緒に作る?」
「うん。じゃあ、手を洗って着替えてくるな」
萌々花だって俺以上に苦しいし悔しい気持ちのはずなのに俺のほうがおかしくなっていては駄目だよな。恥ずかしい。
でも……萌々花の次はたぶん俺がターゲットのハズ。
ちょっと彼に頑張ってもらおう。彼は一応俺の周りにいる大人の筆頭に間違いないからな。
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最後までお読みいただきありがとう御座います。
大人の筆頭の彼とは?
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