第45話

夕方の銀座はなんかソワソワしている感じ……。

漣の気持ちはソワソワ?モヤモヤ?


※※※★※※※



 一大事の告白当初は俺一人だけ大混乱だったけど、他の三人は当然ながら今回の内容をぜ~んぶわかっていたので、慌てることなど一切なく平然としていた。俺とのその温度差に余計に俺だけ混乱しているのが馬鹿らしくなってきて、徐々に落ち着いていくというなんとも言えない気分を味あわせてもらったよ。ちくせう……。


 弁護士のところであれこれと取り決めやら書類の記入などを行った後は夕方の涼しい風を受けながら有楽町の方に徒歩で移動することになった。有楽町には母さんの旧知の人がやっているレストランがあるんだって。


 今日は金曜日の夕方とあって銀座の街を歩く人々も浮足立っている感じがする。どこぞの高級デパートやレストラン、ブランドショップにでも向かうのだろうか?

 萌々花のことがあまりにも衝撃的だったので、俺は得体もないことを考えてふらふらと両親の後ろを歩いている。萌々花とは当然のように手を繋いでいるけどね。


「ねえ、漣。もしかして怒ってる? 黙っていてごめんね」

「あ、ああ。全然怒ってなんかいないさ。ただ驚いちゃって、まだ自分の中で消化しきれてないだけなんだ」


「い、嫌だった? わたしが……その、妹になるのって」

「ううん。何度もいうけど、驚いただけで、萌々花がになるのは俺の中では既定だったからそれが早まって、ついでにそれが妹だったということだけ」


 俺の中では萌々花は俺の嫁にする予定だった、とはこの場では言えないよな。さすがに恥ずかしいし、青臭い高校生の戯言にしか聞こえないもんな。だからこそ、高校、大学と交際を進めていずれは……と考えていたんだけど。まさか、今の段階で萌々花が義妹になるとは、な。



 数寄屋橋の交差点まで来る。交番の後ろにある宝くじ売り場は人がたくさん並んでいるけど、宝くじに興味のない俺には当たる確率の低い宝くじなんて何が楽しいのかわからないな。まあ、人それぞれって言われたらそれまでだけどさ。

 首都高とJRのガードをくぐったらちょっとした路地に入っていく。でかいビルだけじゃなくてそれなりな大きさの雑居ビルもたくさんあるみたいだ。


「ここだよ。ここの五階にお友達が経営しているレストランがあるの。フレンチだけど家庭料理のフランクなお店だから気軽にしていてね」



 フランス料理など高級なのはもちろんだが、家庭料理レベルのものでさえ食べたことなんてないんだけどな。そう思っていたらなんか、コースで頼んであるらしく何が出てくるかわからないメニューとにらめっこはしなくてよかったようだ。俺もホッとしたけど、となりに座っている萌々花も明らかにホッとした様子だった。


「萌々花、良かったな」

「えっ、ぁ、な、何が?」


「自分で注文しなくてよくて」

「……う、うん。そうだね――って漣もでしょ? コースで出てくるって聞いて肩の力を抜いたでしょ?」

 ばれてら。


 マヨネーズをかけて齧り付くぐらいだったカリフラワーがオサレなサラダになって出てきたり、コクがたまんない玉ねぎの冷製ポタージュスープが出てきたりしてその旨さに驚いた。その後もポアソンだのソルベだのヴィヤンド・レギューム、デセールと続いたが、そもそも何を言っているのかよくわからなかった。ただ、どれを食べても美味かったというだけだ。


「漣とももちゃんは食後にコーヒーでもどうだい?」

「あ、ああもらうよ」

「わたしは紅茶でいいでしょうか?」


 俺はコーヒーを萌々花は紅茶を注文した。父さんはワインを開けていたので、食後もそのまま飲み続けるらしい。母さんは妊婦なのでミネラル水を飲んでいたけど。


「萌々花ちゃん、もう私たちは家族なんだからそんな他人行儀な敬語はいらないわよ?」

「あ、はい。じゃなかった。うん、ありがとう。佳子お母さん」


 何気ない会話に萌々花の安心できる場所ができたんだなって思うと心の中が温かくなる。今まで俺一人で萌々花を支えなきゃって無理していたのかもしれない。ちょっと考えれば俺にもちゃんと家族がいたんだと気付かされる。


「そういえばさ、いつからなの? このはなしが進んでいたのは」

「う~ん、数ヶ月前ぐらい? 結構知り合ってから早い段階で動き出したんだよな」


「え? まじで!」

「ああ、ももちゃんの境遇を聞いたら佳子が『あの娘もうちの子にする』って聞かなかったんだよな」


 ああ、佳子母さんは俺のひどかった状況をよく知っているから、萌々花のこともほっておけなかったのかもしれない。


「だって漣くんの大事な人が、漣くんみたいに辛い思いするのは許せなかったんですもの」

「うう、母さん。ありがとう……」


 やっぱりか。

 俺が考えている以上に俺のことを母さんは愛してくれているようだった。ちょっと感激して目頭が熱くなってしまった。


 あまり広くないレストランの一角で家族全員が泣いている姿は、後から考えてみるとかなり奇異だったかもしれないと反省したのでした。他のお客さんがチラチラ見ていた気がするのは気のせいではなかったんだな、たぶん。



 腹ごなしに有楽町のバカでかいショッピングビルの中をふらふらして、父さんに萌々花が服を買ってもらったりしたあと解散となった。俺たちは自分たちのマンションへ、父さんたちは横浜の家に。俺たちが家族になったからと言って一緒に住むわけでもなにか特別に生活が変わることもなかった。


「なあ、もしかして新学期は君方萌々花で登校するのか?」

「ううん。そういうのめんどくさいから、公的なもの以外は今まで通りの旧称『鈴原萌々花』で通すよ。まあ、高校を卒業するまでだと思うけどね」


 よかった。やっと先日同棲していることを親しい友達に告白したばかりなのに、舌の根も乾かないうちに『兄妹になりました!』では格好がつかない。


 しかも今度は名字が一緒となれば勘ぐりもクラスレベルどころじゃなく、学年レベル、下手すると学校レベルになるんじゃないかと危惧するところ。なんつったって『君方』なんて名字は鈴木や佐藤、山田とかと違い若干レア名字だもんな。家族と親戚以外では聞いたことないし。

 風見鶏のせいでやや有名人になった俺はこれ以上燃料を投下したくない。どうせなら、モブの陰キャに戻りたいとさえ思っているのだからさ。



 この土日が開けたら新学期。

 何事もなく穏やかに過ごしていけるのかな?


 そうなってほしいなぁ~



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