第48話

さてさて、この再会には鬼が出るか蛇が出るか……

※※※★※※※



 樋口美鈴ひぐちみれい


 俺が一四歳まで住んでいた千葉県我○子市の同じ中学の同級生。


 何かの拍子で彼女に告白されて、恋愛なんて当時の俺はまったく意味をわかっていなかったので、友達の延長みたいな感覚で告白にOKを出したんだ。まあだから彼女とイチャつくなんてことは全くしてなかったし、覚えていないけれど多分手も繋いだことさえなかったと思う。

 彼女にしても当時金持ちのボンボンみたいに思われていた俺をなにかのステータスみたいに思っていたんじゃないかと今となっては思ったりする。本当のところは知らないけどな。


 で、俺はクソ親のクソ都合で無理やり都内に引っ越しを余儀なくされて、樋口とは離れ離れになったんだけど、スマホも他の連絡手段もこれと言って持っていなかったから俺からは彼女に連絡もしなかった。何度か彼女からは手紙が来ていたけど、返信するのも面倒だったのでそのまま放置していたらいつの間にかその手紙も来なくなった。俺にとっちゃそんなもんだったんだよね、彼女のことは。


 いわゆる自然消滅ってやつなのかな。消滅するような関係もはなからなかったような気もするけど……。


「ちょっ~と前に藤宮くんの世田谷のおうちに伺おうと思ってぇ、お手紙送っていた住所のところに行ったんだけどぉ、そこは別の人が住んでいたんだけどぉ、またお引っ越したの?」

 ……俺の昔の家に行った? なぜ? つっかその喋り方どうにかならねぇのか?


「藤宮くんのおじいさんにぃ聞いてもはっきり答えてくれないからぁ、心配しちゃったよ~」

 爺さんに俺の状況を聞いた? チッ、あのじじいも糞だからな!


「おじさんとおばさんもお元気ィ?」

 知るか!


「東京一の~進学校に通っているって聞いたけどぉ、やっぱり目指すは東大なんだよね~。それともお医者さんを目指していたりするのかな? うふふ、藤宮くんだったら大丈夫だよね。ウチ、彼氏だって自慢しちゃいそう!」

 いい加減未だに超一流うんこ進学校に通っていると思っているのか? 


 まくし立てるように喋る樋口。俺が口を挟む暇さえない。何だこいつ?


 それに言っていることがおかしい。

 そもそも俺自身や旧実家のことなど樋口本人にはまったく関係のないことだろう?


 そんなすごい男が彼氏だと思うと自慢したくなるって、なに。ちょい待て、彼氏? 

 お前と俺の関係はもうとっくに消滅しているというのに、未だに彼女面したような口ぶりに俺は若干の恐怖を覚える。


「おいおいおいおいおいおい! ちょっと待て!」

「え、あ、うん。なに? 藤宮くん」


「ちょっと樋口の考えと俺の考えに齟齬そごがあるみたいだから整理しようぜ?」

「ソゴ? ソゴって何かなぁ? それよか、こ~んなところで再会するなんて運命としか言えないでしょ?」


 やばいな。アタマ逝っちゃってる系のなにかか?


「とりあえずさ、樋口はなんでここにいるの?」

「あのね、パパの仕事がぁ、こっちに配属が変わったんでみんなで引っ越してきたんだよ?」


「ああ、そういうことな。まあそれは余談」

 樋口んちの親父さんて一回だけ見たことあるけどうだつの上がらなさそうなおっさんだったよな。配置転換で飛ばされたクチかな?


 さて、と。


「あのさ、俺もう藤宮じゃないからそう呼ぶのは止めてくんないかな? けっこう不快なんだよな、それ」


「え? 藤宮……じゃないって?」


「わざわざ、樋口に教えることでもないから。あと、少しだけ交際したのは確かだけどお前のいうように未だ交際が続いているなんてことはないから。勘違いは止めてね」


「だってぇ、お別れの言葉も言われてないし……」


「じゃあ、今言うよ。樋口との交際は中学のあのときで終わっている。さようなら」


「……な、なによ! 勝手に! 藤宮くんは東京一、ううん日本一の高校を出て大学だって日本……世界一のところに行くの! ウチはその彼女なのよ!」


「何いってんだよ⁉ お前とはもう付き合ってなんかいない! それに俺はもうお前の言う進学校に行ってないし普通の県立高校の一生徒でしかない。それに俺は最初から日本一も世界一も目指してないしなっ」


「……はぁ? ふっざけないで! どうしてくれるのよ?」


「こっちこそ、はぁ⁉ だ! んなこと知ったことないぞ? 俺は樋口のステータス上昇用のお飾りじゃないんだ。やっぱりそんなために中学のときも近づいてきてたんだな……っザケンじゃねえぞ!」


 こんな風に俺たちが騒がしくしたせいで本屋の店員まで駆けつけてしまった。俺は手に持った小説を元あった場所に素早く戻すと、樋口の腕を取って店外に連れていた。その間、樋口は自らのスマホに高速で何かを入力していたけど、こんなのときに何やっているんだって余計にイライラさせられただけだった。



「おい、このまま分かれても俺は構わねえけどこれ以上俺につきまとうなよ?」

「はぁ? あんたみたいな無価値男にあたしがつきまとうわけ無いでしょ!」


 商店街からいくつか路地を超えた雑居ビルの裏手で俺たちはまだ言い争っていた。

 樋口の口調もさっきまでの甘ったれた口調じゃなくなっている。素が出たのか?


「そもそもお前がうちの金目当てみたいに近づいて来たのが発端だろうが!」

「っるさいわね! 金回りのいい男に近づくのの何が悪いっていうのよっ!」


 本音を言ってきやがった。ちくしょう、本気じゃなかったにしろ一時期こんなやつを彼女にしていたなんて俺の黒歴史に違いない。


「もういい! じゃあな! 二度と会うことはないだろうけど!」


 そう言って俺が踵を返すと目の前には如何にもっていった感じの素行の悪そうな男子高生が三人いた。


「よう、美鈴。こいつか? ボコボコにしたいってやつは」

「フンッ、そうよ。ボコボコにして減らず口を二度と聞けないようにしてやって!」


「見返りはあるんだろうな? 金か? それとも美鈴の身体か?」

「どっちでもいいわよ! その代わり絶対にそいつをぐちゃぐちゃにしてよね」


 おふぅ、まさかの美人局つつもたせ風テンプレ展開ですか? 俺をボコる見返りに自分の身体を差し出すとはね。地に落ちたんだか元から地べたを這いつくばっていたんだか知らねえけどこの樋口美鈴って女は……。


「わりーけど、そういうこった。元彼だかなんだか知らねぇけど大人しくしてりゃ死ぬことはねぇかんな! わかっ――ぶっぐぅっ」


 聞いているのもめんどくさくなったんで、ます最初に喋ってったリーダー格(?)なやつにミドルキック一発を腹に蹴り込んで黙らせる。こっちはまだ両腕が十全でなく、まともに使えない上に相手は三人とくればいちいち相手のペースを守ってやる必要はないよね?


 で、痛みに身体を折ったやつのアタマがちょうどいい場所に来たんで、膝も入れてやったらうんともすんとも言わなくなったね。

 一人目、早くも轟沈。



※※※★※※※

鬼も蛇も登場した模様……。

漣、頑張れっていうついでに♥と★をお願いしますね!

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