エピローグ

 今俺たちは神奈川の川崎に住んでいる。


 毎日の通勤のことを考えると今の通勤先だと高校二年生のころから住んでいたマンションじゃちょっと通勤時間がかかりすぎたんだ。それに、ここ川崎だと実家に行くにも隣街だから行きやすいしね。

 俺の勤務地は東京駅の八重洲中央口から出て徒歩数分のところにある二〇階建てのビルの一二階だ。とある敏腕弁護士の事務所が俺の勤務先。

 昔世話になった高梨日出雄弁護士事務所に弁護士として所属している。高梨であって小鳥遊ではない。そんなラノベチックな名前じゃないのは残念なところか?


 大学在学中に司法書士の試験にパスしていたでそのまま司法書士の道に進もうとも一度は考えた。だけれどもその考えを改め、大学卒業後、俺は法科大学院に進み、既修コースで二年間そのまま勉強を続けたあと司法試験を受け――たのだけど一度は落ちて、翌年の二回目でなんとか合格(それでもすごくすご~く大変なことなんだぞ!)した。その後司法修習生として一年間を高梨弁護士のもとで研修をさせてもらうという過程を踏んで、最短ではないがそうとう若くして弁護士デビューする事となったんだ。

 弁護士デビューしたと言っても今は一番の下っ端なので抱える案件は一件もなく、先輩方の書類を作ったり、雑用をしたりして修行している身だったりする。

 それにしてもまさか高梨さんかれのもとで働くようになるとは露ほども思ってもいなかったよ。自分でもかなりびっくりしたね。


 萌々花は表参道にあるファッションブランドの服飾デザイナーの見習いとして大学卒業後就職していたのだけれど、俺が勉強だの試験だのでもたもたしている間に、今やそのブランドの代表デザイナーの一人と目されるようなレベルにまでなっている。なんていっても給与面では完全に萌々花に水を開けられている感じだもん。萌々花さんパねえっす。


 彼女と知り合ってもう一〇年。待たせたけど、ずっと待っていてくれた萌々花にお礼を言わないとならないと思っている。けじめだってつけないといけない。萌々花には恋人としてはたまた兄妹として俺のことを陰日向で支えてもらってきたと常々思っているからな。




 いつも萌々花と待ち合わせして飲むのは蒲田駅近くの小汚い、と言っては失礼だけどつまみのやたらと美味い居酒屋バルなんだけど今日は大事な用事があるので、代官山の小綺麗で小洒落たリストランテで待ち合わせをしている。当然ながらいまでも萌々花とは一緒に暮らしているので外でわざわざ待ち合わせなどしなくていいんだけど、やっぱりこういうのはシチュエーションって大事じゃないか、って答えを得たんでね。


「悪い、待たせちゃったかな?」

「ううん、大丈夫だよ。わたしのほうが職場から近いんだから早いのが当たり前だよ」

「そっか。注文は?」

「まだこのワインだけだよ」


 俺たちが初めて旅行に行ったときは食前酒で酔ったなんていっていた萌々花だけど、蓋――この場合は酒瓶かな?――を開けてみるとけっこう飲める方だったようだ。

 適当にパスタのコースを注文して俺もワインをもらう。本当は仕事終わりにはビールってクチなんだけどワインもなかなか悪くないと思う。


「「お疲れ様!」」

 チンっと軽くグラスをあわせて乾杯する。


「そういえばどうしたの? 漣が代官山で食事しようなんていうのは初めてじゃないかな?」

「あれ、そうだっけ? わりかしここらへんはよく来ないっけ?」


 すっとぼけてみる。


「ランチでは来るけど、夜はめんどくさがってこっちの方には来ないじゃない⁉」

「まあ、そういえばそうだったかな?」

「ナニかあるの? 今日って特になにもないよね? 四月の普通の週末だよね」


 今年の桜は早くって、もうとっくに散ってしまって何処もかしこも葉桜になっている。今夜だってもうすっかり春の陽気で夜なのに肌寒さを感じないくらい。


「まあそういうのは食事の後にでも、ね」

「何その含みは! でも悪いことじゃないよね。まあいいわ。じゃあ早速いただきましょう」


 ちょうど配膳されてきたパスタを美味しくいただく。まさかこんな洒落たイタリアンを食う日が俺にやってこようとは高校生の頃には思ってもみなかったな。




「ふう、ごちそうさま」

「ごちそうさま」

 食後のコーヒーをゆっくりと飲んでいるところだ。


「で、漣。そろそろ今日のお題を教えてくれてもいい感じじゃないかな?」

「そうだね……。えっと、萌々花は今日がなんの日かわかんないんだよね?」


「……うん。わからないよ。なにか大事な日だっけ?」

「うん。俺達にとっていちばん大切な日、かもしれないけどわかんないかな?」


「……………ごめん。降参します。えっと、大事な日だったら忘れているの先に謝っておくね」

 そういうと萌々花は手を合わせてペコリと頭を下げてくる。


「そんなに畏まらなくてもいいよ。忘れていても仕方ないよ。もう一〇年も前のことだもん」

「一〇年前?」


 萌々花は思い出すように目を瞑って記憶を辿っていっている。


「……あっ」

「思い出した?」


「もしかしてだけど~わたしが、漣に助けてもらった日じゃない? 漣の家にわたしが転がり込んだ日」


 あたり。萌々花が、暴漢に襲われてそのまま何故か俺んちに転がり込んで住まわせてほしいといった日が一〇年前の今日だった。


「あれからずっと俺と萌々花は一緒だったよな」

「うん。そうだね。あのときはこんなふうになることには考えも及ばなかったけどね」


 俺が弁護士なんて目指さなければもう少し早めに実行に移していたかもしれないけど、やっと区切りが付いたので今日の日を迎えられた。


「萌々花。友人、恋人、兄妹として一〇年ありがとうございました」

 俺はポケットの中から淡い青色の小箱を取り出す。

「俺と結婚してください。今度は俺と夫婦になってこれからもずっと一緒にいてください」


 萌々花はびっくりしたようで、目を見開きそのおおきな瞳を震わせている。程なく、その大きな目から涙が溢れる。


「漣……。わたしもあなたとずっと一緒にいたい。これまでもこれからもずっとすっと一緒に。わたしこそよろしくお願いします」







 結婚式を挙げるのはふたりとも否定派だったので、挙式自体は行わないことにした。でも、お世話になった方々には結婚したことは伝えたいと思ったので、披露宴のパーティーだけはすることにした。


「ウェディングドレスは自分で作りたいんだけど」

「え? 萌々花が作るの?」


「うん。わたしの会社ところウェディングドレスも手掛けているからノウハウはあるし、自分のドレスは自分の思った通りに作ってみたいんだけど、だめかな?」

「いや、ぜんぜん問題ないよ」


 まさか自分のウェディングドレスを自分で作るなんてことはこれっぽっちも考えていなかったのでびっくりした。




 デザイン構想から制作までおおよそ半年。やっとドレスが出来上がる見込みが出来た。


 せっかくだから二人のどちらかの誕生日にでも披露宴パーティーを執り行おうと思ったけど、残念なことにどちらの日も『赤口』という六曜でいうと仏滅の次に悪い日にあたってしまった。俺たちは全くそういうの気にしないんだけど、参列してくれる人や両親が気にしちゃうので敢えてわざわざ縁起の悪いとされている日は避けておいた。


「じゃあ、どうする?」

「う~ん、会場の予約が取れてみんなが来られる日ならいつでもいいんじゃないの?」

「そうだな。そういうゆるいのが俺たちって感じでいいかもしれないな」

「そうそう、そんな感じ」


 せっかくだから妹と弟にも手伝ってもらおう。一番のチビスケの優斗はじゃっかん怪しいけど花びらを撒くぐらいはできそうだからお願いしようかな?

 俺たちの下の兄妹の佳凛かりんはもう九歳だ。そのしたの妹の佳恋かれんは七歳、末弟の優斗まさとが五歳だ。母さんもなんだかんだいって三人子どもを生んだんだよね。で、俺たち五人兄妹ってわけ。



「ということで十一月の二四日に披露宴をしたいと思うんでご参列お願いできるかな?」

「当たり前だろ? 自分の息子と娘の晴れの日なんだからどんな事があって行くに決まっているだろう?」


 今日は実家に来て、披露宴の打ち合わせをしている。特にプランナーとか入れていないんだけど、萌々花の同僚や知り合いがやっぱり結婚式場関係に通じている人がいるので『わたしたちに任せて!』っていって披露宴パーティーを取り仕切ってくれる事になった。

 なので餅は餅屋に任せるのが吉っていうことで、予算と参加人数だけ伝えて丸投げさせてもらった。




 月日は流れてあっという間に披露宴当日になった。


 結婚式は挙げないにしても、ウェディングドレスとタキシードは着用するのでそれなりに準備がある。

 早朝と言ってもいい時間帯に萌々花と二人で自宅を出て、披露宴会場としてセッティングされた広尾にあるレストランに向かう。


 そこのレストランは披露宴のパーティーなどでよく使われるそうで、ある程度お任せで準備ができるんだという。お値段もリーズナブルだそうだ。

 ドレスにかかる費用が原材料費だけなのでそんなに費用を抑える必要は無いんだけど、薄給の俺としてはありがたいと思うところもある。


 会場入りしてから一時間ほど。俺の方の準備はあっという間に終わってしまったけれど、萌々花の方はまだまだ時間がかかる様子だ。


「俺は着替えるの早すぎたんじゃねぇの?」


 控室には俺の他誰もおらず、お茶の入ったポットがぽつんとテーブルにおいてあるだけ。

 あまりにも暇すぎて、今日が披露宴だっていう高揚感もだんだんに落ち着いてきてしまった。


「暇すぎ……。ゲームでもしてよっか」

 日課の筋トレはタキシード姿では出来ないので、仕方なくスマホを取り出してソシャゲの周回をこなしていくことで暇を潰していた。


 そうこうしているうちに両親と妹弟たちがやってきたので、やっと話し相手が出来たことにホッとしている。


「馬子にも衣装とはいうが、漣もよく似合っているな」

「最初の一言がそれかよ。でも、父さんも母さんも忙しい中来てくれてありがとう」


「漣くん、おめでとう。ももちゃんは用意まだなのかしら?」

「母さんなら、萌々花の方に顔を出しても問題ないよ。この先の部屋にいるから行ってあげて」


 母さんが顔を出せば萌々花も安心するだろうし、ちょっとは落ち着くと思う。俺と同じでたぶん緊張しているはずだから、ね。


 披露宴の時間は一一時半から一四時まで。そんなに長くやるのかと思っているんだけど、あれこれイベントを組み込むとそれくらいは時間がかかるらしい。

 そう言われるとジンと沙織さんの結婚式でもそれくらいは時間がかかっていたような気がするな。まあ、あの二人の結婚式はめちゃ派手だったから参考にはならないかもだけど。



 過ぎてしまえば早いもので、とうとう開始の時間となった。

 いったん萌々花のもとに俺が迎えに向かう。


 萌々花の控室に向かい、その扉を開けるとそこには女神がいた。

 真っ白なドレスに身を包んだ萌々花の姿はきれいを通り越してもはや神々しくもあった。


「……すごく綺麗だよ。見惚れた」

「漣もとてもかっこいいよ」


 萌々花をエスコートして披露宴会場に向かう。おめかしした妹弟も一緒だ。優斗には花びらの入ったかごをもたせ、佳凛と佳恋にはトレーンベアラーをしてもらう。


『新郎新婦のご入場です。皆様盛大な拍手でお出迎えください!』

 司会の方の一声を受け両開きの扉が開き、スポットライトが俺たち二人に当てられる――。






「あのときは泣くつもりなんてなかったんだけどなぁ~」

「俺は、萌々花は絶対に泣くと思ったけど?」

「え~どうして?」

「だって、萌々花って俺と出会った頃からずっと泣き虫だったじゃん」


 今だって披露宴のときのアルバムを見ただけで思い出して涙ぐんでいるしさ。


 萌々花はなにかあるといつも泣いていたような気がする。

 俺が無茶したときも、心配しながら、怒りながら、安心しながら涙をこぼしていたし、嬉しいこと楽しいことがあってもすぐ感動して泣いていたっけな。


 つい最近でも、お腹に新しい命を宿したときだって大泣きだったもんな。

 ま、その時は俺も泣いたけどね。


 でも、俺は萌々花にはもう悲しい涙は流させないよ。

 いつだって嬉し涙しか流れないようにずっと君を愛し続けるから。











※※※♥※※※

長い間本当にありがとうございました。

これにてすべて終話となります。

またどこかでお会いできることを、また作品を読んでいただけるように精進いたします。


では!


PS! おすすめレビューも一言でいいのでお願いしますね。

「サイコー」「みんなも読んで」「おもしろい」とかで十分なのでおねがいしまーす!

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親に捨てられ知らない土地で一人暮らしするはずだったんだけど、どういうわけかギャルな美少女が転がり込んできたので二人暮らしになりました。 403μぐらむ @155

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